若手研究者の研究会

-動的変化と不確実性を捉える理論の構築に向けて-


研究会趣旨 Purpose

土木計画学には、まちづくり、日常・非日常の行動、社会的ネットワーク、インフラの投資・維持管理等の多様な分野が含まれます。しかし、人・社会・都市・ネットワーク等の有機的な営みを対象としている以上、そこには通底する共通の概念が存在すると考えられます。本研究会の目的は、土木計画学の中でも、景観・空間・行動・経済とアプローチの異なる若手の研究者が集い、知識を共有することを通じて、あらゆる分野に通底する概念の発見や包括的な理論の構築を目指すことにあります。本研究会では特に、「人・社会・都市・ネットワーク等から成る有機的なシステムの動的な変化過程や、不確実な事象に対するシステムの脆弱性を捉える」という観点から、異なるアプローチをもった研究を概観したいと考えています。
 また、今後も分野を問わず、動的な現象やリスクに関心を持つ若手研究者の参加を歓迎しています。(第3回の予定は現在調整中です)

第1回概要(13/03/31)  第2回概要(13/07/14) 



第2回概要 2nd Summary

第2回の研究会においては、ネットワークにおける自動車交通流、インフラの長寿命化投資政策、メゾスケールの歩行者流動、鉄道跡地の遊歩道転換過程におけるレールバンク制度の役割、雑踏の動画像からの人物逐次追跡、というテーマを扱う5つの研究発表が行われた。 いずれの研究においても動的変化、もしくは不確実性という概念が取り扱われているが、第1回に引き続いて分析対象となる現象の時空間スケールは多様に異なったものとなった。 今回の研究会においては、このように時空間スケールの異なる研究を横断的に見ることにより、動的変化や不確実性・脆弱性という概念の捉え方・考え方に関する一般的な知見を得ることが具体的な目標として設定され、発表・議論が行われた。
 ■開催日時:2013年7月14日(日),13:00—18:00
 ■開催場所:東京大学本郷キャンパス 工学部14号館

第2回研究会講師陣:小林潔司教授(京都大学)、清水英範教授(東京大学)、羽藤英二教授(東京大学)、本田利器教授(東京大学)、福田大輔准教授(東京工業大学)、布施孝志准教授(東京大学)、松島格也准教授(京都大学)、大西正光助教(京都大学)


話題提供1 竹内知哉(科学技術振興機構 研究員)

タイトル:Hamilton-Jacobi 方程式とネットワーク交通流モデル

交通流の数理モデルには、密度や流速の時間的・空間的遷移過程を微分方程式により記述するモデルが存在しており、古典的なモデルとしてはLighthill, Whitham (1955) - Richards (1956)のモデル(LWRモデル)が知られている。 LWRモデルや同種の発展的なモデルからは、個々の車両の挙動を表現したモデルである最適速度モデルと同じ形式の数式を導くことが可能であるため、これらのモデルはマクロ的な視点とミクロ的な視点の対応関係が明確なモデルであると言える。 LWRモデルの微分方程式は、Hamilton-Jacobi方程式の形式の微分方程式に変換することができる。
 この研究では、Hamilton-Jacobi方程式に対してベルマンの最適性原理と極限操作を適用することにより、Demand-Supply formという関係式を導出した。その上で、この関係式を用いた、ネットワーク上の分岐、合流、交差点のモデル化とそのモデルの数値計算手法を提示した。また、平面上や屋内の最短経路探索問題に対して、Demand-Supply formを拡張的に応用した解法を提示した。
 発表後の議論においては、交差点における直進右左折率のモデル化の手法や、群集流を考慮した場合の最短経路探索問題に対する解法適用の困難性が議論された。


話題提供2 瀬木俊輔(京都大学,計画マネジメント論研究室)

タイトル:インフラの動学的投資政策と長寿命化便益

近年、既設インフラの老朽化と厳しい財政状況の中で、インフラの長寿命化投資の重要性が指摘されるようになってきている。この研究は、インフラの長寿命化にはストック効果と平準化効果という二つの経済便益が存在することを指摘した。ストック効果とは、インフラのライフサイクルコストの低減を通じて、民間資本投資・インフラ新規投資を増加させ、将来の家計消費を増加させる便益である。平準化効果とは、インフラの更新時期の分散化を通じて、インフラ更新費用負担の世代間の不公平を削減する便益である。
 この研究は、インフラの動学的投資政策と長寿命化便益を統一的な枠組みの中で分析するために、マルコフ・ビンテージモデルの定式化を行った。このモデルは、インフラの劣化過程をマルコフ連鎖モデルにより表現し、かつインフラの新規・更新投資と長寿命化投資を通じたインフラストックの劣化過程の制御を表現するモデルである。 また、世代間公平性を考慮可能な社会的厚生関数を目的関数とする動学的最適化問題を定式化し、インフラの最適投資戦略について分析した。さらに、動学的最適化問題の解における社会的厚生関数値を用いて、長寿命化投資の経済効果を評価する枠組みを提案した。最後に数値計算事例を通じて、最適インフラ投資戦略の特性について考察した。
 発表後の議論においては、大数の法則により経済全体のインフラストックの劣化過程を確定的に表現していることの妥当性や、社会的厚生関数を用いて平準化効果の便益を計測することの正当性が議論された。 発表資料(pdf)


話題提供3 伊藤創太(東京大学,都市生活学・ネットワーク行動学研究室)

タイトル:時空間上の状態遷移推定に基づく歩行者流動モデル

この研究では、中心市街地の歩行者行動を時空間内の軌跡として記述する歩行者行動モデルを構築した。歩行者の経路選択は、佐佐木のマルコフ連鎖配分モデルを用い、周回・迂回を含む多様な経路選択の表現を可能とした。 また、滞在を表すリンクをネットワークに追加することで、移動と滞在を含めた回遊行動選択を一つの経路選択として表現した。その上で歩行者の状態が遷移するまでの時間(リンク通過時間)に指数分布に従う連続時間を設定することにより、歩行者の移動中の立ち止まりやノード上での滞在時間の表現を可能とした。
 同時に、測位誤差を考慮した観測モデルを定式化し、歩行者行動モデルと結びつける。各測位時刻における歩行者の真の位置座標や歩行者のリンク間遷移確率をプローブデータから推定する手法を提示した。 この手法を用いたパラメータ推定により観測-行動モデル-配分を整合的に取り扱うことが可能となる。実証分析として、PP調査データを用いてパラメータ推定を行い、市街地の百貨店撤退前後での歩行者流動の変化の分析結果を紹介した。
 発表後の議論においては、歩行者交通流がflow-independentであるという仮定の妥当性や、歩行速度や滞在時間の内生的な選択を考慮したモデルの発展の方向性について議論がなされた。 発表資料(pdf)


話題提供4 木村優介(国土交通省 国土技術政策総合研究所)

タイトル:鉄道跡地の遊歩道利用におけるレールバンク制度の運用と有効性

 公共性の大きい都市基盤施設の再利用による空間の高質化にむけた制度的枠組みや理論的基盤の構築を大きな背景として、研究を行った。所有・管理の制度的枠組みであるレールバンクに着目し、ハイラインの再利用における合意形成過程とその制度的運用の実態と有効性を明らかにした。
 ハイラインの再利用においては、レールバンク制度活用の利点として合意形成の場の確保、補助金の獲得、施設改変の保証を得られた点が挙げられる。レールバンクは米国の連邦制度の中で手続きを全て規定しない「枠のみの制度」であることがうまく働いたと考えられる。
 発表では、今後の課題として日本への制度適用可能性についてへの発展を挙げられたが、その後の議論でも事例・歴史・制度研究の手法の重要性とこの研究を制度研究として日本に取り組んでいくために今後必要となる内容について活発な議論が交わされた。 発表資料(pdf)


話題提供5 中西航(東京大学,地域/情報研究室)

タイトル:人物抽出手法に基づく色・距離情報からの観測方程式モデリング

歩行者の逐次追跡の時系列・確率モデリングを研究している。モデルは、歩行者挙動予測を行うシステムモデルと人物抽出を行う観測モデルの二つに分けられ、観測モデルの研究内容を主に発表した。
 歩行者の位置自体は観測できないため、動画から色や距離情報の観測値を取得し、歩行者位置の予測値を取得するモデルの構築が必要となる。そこで、色や距離を用いた人物抽出手法のモデルを援用することとし、観測モデルの基礎的検討を行った。マニュアルで取得したサンプルを用い、3つのモデルの算出結果を比較したところ、結果に大きな違いはなく、場の状況に応じた使い分けの必要性が示唆された。また、観測モデルの結果の定量的な評価方法の構築も必要である。
 発表後は、システム方程式と観測方程式の誤差の識別性や識別のためのモデル構造に関する内容や観測モデルの評価のための尤度関数の設定内容について、議論された。 発表資料(pdf)


午後からの研究会の開催に先立ち、午前中に若手研究者のみでの研究発表と議論を2件行いました。内容は下記になります。

話題提供0-1 高取千佳(東京大学,環境デザイン研究室)

タイトル:明治初期~現代の景観単位の変化が熱・風環境に与える影響に関する研究ー東京都心部を対象として

東京都心部の高低差のある空間において、三次元的な空間像と微地形・水路網・道路網による都市構造と都市気象の対応関係を明らかにすることを目指す。この研究の中では、都市気象に影響する景観単位を明らかにし、景観単位を政策単位と捉え、政策的シミュレーションを行う。
 発表では、熱・風シミュレーションを行うための景観単位として、微地形と用途地域、土地被覆を掛け合わせた分析の単位を設定し、シミュレーションを行った。明治16年と平成18年の結果を比較し、超高速ビルでの強風軸や緑地上部での強風域、強風域下での気温の低下等が確認された。
 発表後は、気象状態と土地利用の変遷や土地政策との関係性や景観単位のスケールに着目した研究の意味、緑地や高層ビルの影響としてシミュレーションによりわかっている範囲等について、議論された。

 

話題提供0-2 浦田淳司(東京大学,都市生活学・ネットワーク行動学研究室)

タイトル:豪雨災害時下の協調行動形成の集中過程と相互依存

災害時の30分以上をかけた避難の際の協調行動の形成過程に着目した研究を行った。地区の中で効果的に協調行動のネットワークを形成し、避難していくためには、人的ネットワークのデザインやオペレーションが必要である。そのための協調行動の形成プロセスとネットワーク構造の理解を研究の目的としている。
 発表では、スケールフリー型のマクロモデルとCNL型のミクロモデルの内容が紹介された。マクロモデルでは、個人属性を説明変数としたパラメータ推定結果を用いたシナリオシミュレーションも行われた。
 発表後は、動的な場面の変化をモデル化するためのリンクの減衰、場面の変化を与えるためのパラメータの必要性、都市空間や地域特性によって情報の伝達速度や完全情報性は変化するのではないかといった話題についての議論が行われた。


第3回にむけて

今回の研究発表と発表後の議論を概観すると、不確実性には、現象の時間発展に介在する不確実性や、現象の観測に介在する不確実性(誤差)の他に、現象を捉えるための分析枠組みの妥当性に関する不確実性があるように思われた。 現象を捉えるための分析枠組みが不適切なものであれば、分析結果から得られる結論にバイアスが生じる可能性がある。研究者は、こうしたバイアスが生じうる不確実性を考慮しつつ、分析枠組みの選択や結論の導出を行う必要があるだろう。 分析枠組みの選択に際しては、現象をどれだけ適切に捉えられるかだけではなく、研究者の着眼点との適合性や枠組みの扱いやすさも考慮される必要がある。これらを考慮した上で適切な分析枠組みを選択するための考え方について、議論を深める必要があるだろう。
 なお、研究会のテーマである動的変化と不確実性に関して、発表可能な研究を限定しているという意見が出ており、これまでの研究会の方向性を維持しつつ、発表可能な研究の範囲を広げるようなテーマの変更が必要であるとも考えられる。(瀬木)


第1回概要 1st Summary

この研究会は、土木計画学に関わる若手の研究者が分野を横断して集い、時間軸と不確実性という観点から異なるアプローチの研究を概観し、知識を共有することを通じて、あらゆる分野に通底する概念の発見や包括的な理論の構築を目指すことを目的として開催されるものです。第1回の研究会においては、人口減少とインフラの老朽化、市民組織の形成と役割の変遷、複数人物の逐次追跡と歩行者挙動、災害時下の住民間協調行動ネットワークの形成、といった動的な現象を扱う4つの研究の発表が行われました。
 ■開催日時:2013年3月31日(日),13:00—17:40
 ■開催場所:京都大学吉田キャンパス総合研究2号館

第1回研究会講師陣:小林潔司教授(京都大学)、本田利器教授(東京大学)、羽藤英二教授(東京大学)、松島格也准教授(京都大学)、大西正光助教(京都大学)、山口敬太助教(京都大学)


話題提供1 瀬木俊輔(京都大学,計画マネジメント論研究室)

タイトル:人口とインフラの年齢構成の変遷下における最適資本蓄積経路の分析

日本では人口の減少と高齢化が進行しており、これは民間資本や社会資本への投資に使える資金の減少に繋がると考えられる。その一方で、社会資本は老朽化が進行しており、今後は更新需要が増大していく。この研究は、このような状況における、民間資本・社会資本への一国全体の投資水準の最適な推移過程に関する理論的示唆を得ることを目的としている。発表においては、分析に用いるモデルの概要と、人口の減少・高齢化や社会資本の老朽化が進む中での最適投資水準の推移過程に関するシミュレーション結果が紹介された。
 発表後の議論においては、社会資本の経済成長への寄与や地方・都市レベルの社会資本の効果を扱うことによるモデルの発展の方向性や、長期的な均衡や経済の持続可能性に影響を及ぼす本質的なパラメータへの着目の必要性などが議論された。 発表資料(pdf)


話題提供2 片岡由香(京都大学,景観設計学研究室)

タイトル:景観整備を契機とする市民組織の形成と役割-関係資本の形成に着目して-

真の住民参加、市民参加のために必要となる協働の場が成立する住民、市民組織、行政の信頼関係を「関係資本」として捉え、その関係資本をいかにして形成するのかに着目した研究を行った。関係資本の形成には、1)市民側が担う役割と、2)市民組織のマネジメント体制のあり方が寄与していると仮説を立て、近江八幡の事例をもとに実証的に明らかにした。研究の中では活動開始以降、青年会議所が中心的役割を担って自主的な実態調査や反対住民の説得、解決案提出などを行うことで行政と関係資本を形成できるようになったこと、また広い市民を巻き込み、組織の目的の明確化・分化や会費・ファンド形成・行政からの受託を行う中で市民組織のマネジメント体制を構築していったことが明らかにされた。
 発表後は、綿密なヒアリング調査からわかる決断や発現を元に組織への影響を把握するための手法論に関する内容や関係資本・信頼関係の定義やその起こり、成立条件に関する内容が議論されました。


話題提供3 中西航(東京大学,地域/情報研究室)

タイトル:複数人物逐次追跡手法における歩行者挙動モデルの検討

近年、予測と観測の統合による観測情報をベースとした状態の把握が進展しつつある。この考えに基づいて、観測・予測モデルを設定することにより、従来の観測情報の処理手法だけでは困難な狭域(駅構内)における人物の逐次追跡を目指している。この目的に対しては、観測・予測モデルそれぞれについて設定の指針を検討する必要がある。
 今回は、システムモデル(予測モデル)の作成に関する部分について発表された。既往研究(Robin et al.2009)のモデルでは観測時にはわからない目的地の説明変数の影響が大きかったため、目的地の説明変数を除いた形の改良を行ったモデルを作成した。目的地なしでも概ねよい結果が得られたものの、一部のパラメータは行動の再現性に関する課題などを残している。たとえば、他者の歩行者の回避、追従、同調、群化に関して、どのように変数を設定するのか、それぞれの行動をどのように切り分けるのか等にはさらなる検討の余地がある。
 発表後は、観測・予測モデルの活用の方向性として、空間設計を目指しているのか、identificationを目指してるのかといった議論やモデルの中の誤差項・確定項の設定の仕方によるモデルへの影響に関する議論がなされた。 発表資料(pdf)


話題提供4 浦田淳司(東京大学,都市生活学・ネットワーク行動学研究室)

タイトル:豪雨災害時下の空間特性推移を考慮した住民間協調行動ネットワーク形成モデル

東日本大震災において数多く報道されたように、災害時における協調行動は社会的に注目を受けている。ソフト的な防災対策のために、協調行動の解明が望まれる。ここでは、集落内の住民の協調行動全体をネットワークとして捉えるマクロアプローチによりモデル化を試みた。
 ネットワーク形状が複雑性を持つことを仮定し、適応度モデル(Bianconi & Barabasi 2001)を導入する。適応度モデルでは、ノード固有の適応度とそれまでのリンク形成数からノードのリンク形成確率が決まり、また平均距離が短く、頑健性が高いスケールフリーネットワークが再現される。災害時の集落内のネットワークとは、個人の情報の縮約、優先的な協調行動相手の選択、全体への伝搬の素早さという点で親和性が高い。後半は、2004年の新居浜市の豪雨災害時の集落内協調行動のデータによる実証的な分析による協調行動形成過程の適応度モデルによる解析を行った。
 発表後の議論においては、ネットワークやリンクの捉え方の柔軟性、ネットワークの中でのロール、場と時間を支配するルールなどについての議論が行われた。 発表資料(pdf)


第2回にむけて

研究会全体をオーソライズするテーマとして、動的変化と不確実性、脆弱性といった概念を取り上げている。これらはこれからの日本の時代の流れの中で重要性が認識されているものの,研究者の中でこれらの概念に対して十分な議論がなされているとは言い難い。一方で、今回の発表の中では、これらの概念を研究の中で結び付けて考えられているとは言えず、第2回にむけて、動的変化とは・不確実性とは・脆弱性とは何かということ、それらを捉えるためのアプローチとは何かということを考えるという宿題は残された。ただ、一歩、一集落、一都市、一国/一秒、一日、一年、一世紀という異なるスケールを捉えた研究の中においてもこれらの概念は共通して議論しうるものだと認識できた点は収穫であった。(浦田)

若手研究者の研究会 世話人:東京大学 浦田淳司/京都大学 瀬木俊輔