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2011年09月15日,16日にかけ,東京大学内で行動モデル夏の学校が行われました.名古屋大学,東京工業大学,東京理科大学,広島大学,山梨大学,愛媛大学,日本大学,熊本大学,東京大学から総勢約50名の学生と研究者が集まり,2日間の日程で講義を受け,行動モデルを用いた課題に取り組みました.

こちらでは当日の内容についてご報告しています.

当日の集合写真をこちらにアップしました.パスワードは演習データと同様です.

第十回行動モデル夏の学校に向けて(東京大学 羽藤英二)

行動モデル夏の学校は10年前、名古屋で開催されました。最初は、当時愛媛大学で助手をしていた僕が声をかけて、山梨大の佐々木先生、名古屋大の山本先生と相談して、愛媛大の倉内先生(当時は名古屋大のの博士課程に在籍しておられました)にも講義を頼んで、手弁当で始めましたが、当時行動モデルの研究者の中ではBerkeleyのMcFaddenがノーベル経済学賞を受賞し、夏の学校でも講義をしてくれたMITnoBen-AkivaがKernel LogitやMXLなどのopen formモデルを、KoppelmanたちがGEV familyのclosed formのモデルを発表し、誤差項を操作して選択肢構造を記述するモデルが出揃った頃だったと思います。佐々木先生は潜在クラスや心理学的なモデルを、山本先生はMCMCや自動車保有モデルを、倉内先生は非補償/補償モデルを、僕は意思決定の不確実性と情報獲得行動モデルの研究を行っていました。

仲間内の研究者の間でも、潜在クラスモデルにしろ動学モデルにしろ、その基礎となる行動理論はいきつくところまでいきついたのではないかという空気と、国際学会などでは、プローブパーソンなどの観測技術の進展を受けたモデリングの多元化の波が感じられる時期だったように思います。国内の学会では都市交通計画における需要側の調整に焦点を絞ったテーマ研究に重きが置かれており、基礎的な研究はどちらかといえばそこそこに、パッケージで推定できるのだから今更行動モデルでもないだろうという空気が充満していたように記憶しています。こうした中で私たちは細々と行動モデル夏の学校をスタートさせました。

科学的な基礎に立脚した都市計画や社会基盤計画が重要だという考えに異論をはさむ人は殆どいないと思います。ではその科学的な基礎を誰がつくるのかということに私たちは直面していました。世界に先駆けて高齢化社会が進展し、縮退する都市をみつめ、その中でに生きる人々の意思決定プロセスとその行動原理に着目した、しっかりとした着地点をもつ独自性のある新たな理論体系を生み出すこと、そのための基礎となる行動モデルについて、全国各地のエンジニア、プランナー、設計者、研究者の卵である学生さんたちと一緒に学ぶための機会を設けることはできないかと考えたのです。

私たちがまだ学生だった頃、当時健在だった京都大学の北村先生は、構造方程式モデルのスクールを学生・研究者向けに開催してくださいました。当時このモデルの第一人者であったGolobが講師として参加し、山本先生は学生で、僕は会社員で佐々木先生は助手みたいな頃ですがこれに参加して一生懸命新しい行動モデリングについて勉強していました。その北村先生は、第7回行動モデル夏の学校で、病気を押して出席してくださり、行動モデルを研究する心について講義をしてくださいました。今日は、その中の話を少しさせてもらいます。

北村先生が日本に戻ってきたのは、1993年ですが、非常に複雑なモデルに対する嫌悪感.欧州の学会で,英国なんかはそれを露にすることを述べています。逆行列を手回し計算でやっていた.重回帰で3つか4つ,それ以上やったら,手回し計算機でもう何万回増えます.ということが身にしみている人たちだったということです。今はたぶんそんなことないんだけれど、計算する人というのはそういうレベルのことを気にする。行動モデルでエージェントシミュレーションを作ろうなんて言う人はやっぱり、そういうレベルのことを気にしないといけない。ソースコードがブラックボックスでユーザー目線の研究者ばかりになってはいけない、そういう根本のeternal fitness of thingsを考える人は今は減ってしまったのではないかということを気にしていました。要するに計算するという原理に立ち返って行動モデルを考えるという発想が重要だということだと思います。

またもうひとつ、オッカムの剃刀という言葉も、行動モデラーが考えるべき重要な問題意識です。アインシュタインが「モデルっていうのはなるだけ簡単にしよう.でもそれ以上は簡単にするな」ということを言っています。当然のことながら,私たちはモデルを複雑にするんだけど,それ以上は簡単にできないというぎりぎりの線でやっていくとこんな形になりましたよというのが大事だということで、そいうことも先生はおっしゃっておられました。だから行動モデルで何が重要かというと、それはなかなか難しいのですが、できるだけシンプルに考えることを心がけてくださいということです。

この夏の学校では都市空間の回遊行動を取り扱うことになっていますが、複雑な現象を複雑に記述しましたでは、モデルにはならないことを意識してください。本質的な原理を抜き出すことが重要だということです。縮退する都市で郊外のバスの研究をすることを考える。各地でいろんな事例があります。こんなタイプ、あんなタイプもある。それでは研究にならないということです。成功するも八卦、失敗するも八卦になってしまう。バスを利用する人の行動原理に迫っていかないといけない、あるいは個人の意思決定が集団でおこなわれるときどのような変化をもたらすのかまでをゲーム的な枠組みまで援用して考える。そうしない限り、政策のデザインや実行に向けて頑健性のある知になかなか転嫁し得ないということです。

実際に研究論文を書く上で、Journalに書くということだと論文にしやすいものを考えて,これとこれでやったらちゃんとした研究になる.というような保障された道筋は研究にはない.ということも北村先生はおっしゃっていました。これとこれをやってもおもろない結果が出ることもあるし,研究は意外性に満ちたものである.そういう不確実性に満ちたものであると,長いことやってみたけど,結果が出ないこともありえる.結局、これとこれでやったらちゃんとした結果が出るだろうという道はない,もしあったとしたら,これまでやったこと,あったものを再現しているだけだろう.それを心の片隅においていてくれたらと思っています.というような話だったと思います。

わかりやすい道筋を選ぶことは確かに難しくないのですが、そうではないところにこそ価値があるということではないでしょうか。行動モデルや行動分析には、これをやったらいいという正解はありません。ドラキュラのシルバービュレットを求める.何かやっていると,ひとつの原理がある,ひとつのテーゼがある.ひとつの原則がある,これでもって何もかも説明してやれる.そういう心構え,そういう意識で優等生は問題にアプローチしがちなんだけれど,たぶんそれは難しいということです。

どきっとした人もいるかもしれませんが、人間行動は非常に多様なのです。だからロジットモデルで推定したらはい終わりではないということです。さまざまな局面で,さまざまなことをさまさまな風に考えで行動しています。選択肢の構造や、選択対象、準拠集団は空間的にも時間的に揺らぎながらも確かな性質を持ってるはずです。ですからそのような多様性をひとつの原理でなにもかもすべてを説明しようというのは無理なんです.そいうことはありえない.だから、そこを出発点にして、いかにして人の行動や意識、あるいは記憶といったところまでを射程にいれてその本質的な部分を多様性の中に感じ取るのか、そしてその感覚を一つの原理として都市の諸相のある部分について理解できる、説明できる、よりよい政策を組み立てられる、そいうところまでどうやって持っていくのか。そういう行動の多様な原理や本質を導くことに挑戦する、それが行動モデルを研究する心であると夏の学校で北村先生は教えてくださったのではないかと思っています。

行動モデル夏の学校も第十回ということで、北村先生やMITのBen-Akiva先生、東京大学の上田先生や政策研究委員大学の森地先生といった素晴らしい研究者の皆さんが、皆さんが参加しておられるこの夏の学校に期待をかけてくださったということで、まあでもそんな話は知らんがな、というのが学生さんの特権でもあろうかと思います。それでいいのだと思います。兎も角、現実の都市をある意思をもって動く人々の多様な行動を観測したプローブパーソンデータを用いて、プログラムのコードを操作しながら、そこから本質的な現象を抜きとり、現象に対する仮説を丁寧に検証していってください。そして、見つけ出した原理に基づいて様々な政策やプランニング、デザインの可能性について議論を深めてもらえればと思います。この二日間、全力で行動モデルについてみんなで楽しく勉強してください。大いに期待しています。

日程

9月15日(木)@東京大学本郷キャンパス工学部1号館15番/13番教室

10:30-11:00 受付
11:00-12:00 ガイダンス 羽藤英二(東大)
12:00-13:00 昼食
13:00-15:00 講義
講義1 ランダム効用最大化に基づく離散選択モデルの導出とフレームワーク /倉内慎也(愛媛大)
講義2 パラメータ推定の理論と実践 /佐々木邦明(山梨大)
講義3 RP/SPモデル推定のためのSP調査の最適設計 山本俊行(名古屋大)
講義4 個人間の相互作用を取り入れた生活行動モデル 張 峻屹(広島大)
15:00-16:30 演習課題発表
※事前に課題を行った班はここで3分間の発表を行います
16:30-19:00 グループ演習・講師陣によるエスキス
パラメータ推定演習(Rを使用します)
19:00-20:30 ウェルカムパーティー/研究室紹介
軽食を用意しております.

9月16日(金)@東京大学本郷キャンパス工学部1号館15番/13番教室

9:00-12:00 グループ演習・講師陣によるエスキス
12:00-13:00 昼食(各自)
13:00-15:00 基調講義 交通行動モデル:回顧と展望 宮城俊彦(東北大学)
15:00-17:00 演習発表(発表7分・質疑3分)
都心回遊行動データを使ったモデル推定結果発表
17:30-19:00 講評と表彰
研究クリニック(講師陣が参加者の研究内容を講評します)
※終了後,懇親会を予定しております.

ガイダンス

羽藤先生

ネットワークモデルの一部としての行動モデル研究と,センサーネットワークなどのデータ革命における行動モデル研究の,時間的変移・現状レビューを行った.社会の変容の中でのパターナリズムでもリバタリアンでもない善き選択とは何かを考え,計画を考えていく上で求められる,人々の選択行動に対するよりよい理解について講義した.さらに,都市計画・景観計画や交通計画を一体的に捉え,都市や地域の中で人々の善き選択のための条件をどのように整えていくべきかについて講義した.

講義

講義1 倉内先生(愛媛大学)

ランダム効用最大化に基づく離散選択モデルの導出とフレームワーク

行動モデルとは,ある現象に対し,特定の要因に着目し,それを説明変数として行動予測をするためのものである.実際の観測データから,行動仮説をたて,行動モデル(条件付確率)を構築し,将来条件が変化したとき(周辺確率の変化)の行動予測をする.これが行動モデルを構築する大きな意義である. ロジットモデルは,確定項{説明変数とある母集団での嗜好(パラメータ)}と誤差項で成り立ち,その精度は,この説明変数の選定以外にも,選択肢集合の設定に大きく左右される.また,ロジットモデルを構築するためには,意思決定ルール,効用の時間的変化,社会的相互作用の有無などの仮定をたてていることを忘れてはならない.それゆえ,IIA特性などの問題点もあり,これを解決するため,実際にはNLやMXLなどのモデルが出てきている.

講義2 佐々木先生(山梨大学)

パラメータ推定の理論と実践

ランダム効用モデルにおける推定アルゴリズムについてを主眼に置いた講義.最尤推定法で,用いるアルゴリズムとしては,最急降下法やNewton-Raphson法などの方法があるが,初期値依存性やヘッセ行列が推定できないという問題が起こりえる.次に,数値積分による手法では,乱数をうまく発生させることができれば精度の高い推定が可能になる(回数・時間に依存).最後にMCMCによるベイズ推定では,パラメータの分布を推定することで,初期値に依存せずに推定することができる.また,モデル推定について,アプリオリな知識を元に作成し,その結果から仮説の修正も行うとともに,非観測構造を考えることで誤差構造を仮定すると良いと締めくくられた.

講義3 山本先生(名古屋大学)

RP/SPモデル推定のためのSP調査の最適設計

RPデータは実際の状況における選択行動を観測したデータであり,SPデータは仮想の状況下での選考意思表示を観測したデータである.SP調査の設計では,順位づけ,選択,評点付け,マッチングといった選考表明方式の選択や,選択肢・属性値の提示方法,属性の変動,属性の水準といった選択肢の設定を行う.回答方式には自由回答方式,二項選択方式があり,SP調査の属性の水準設定では,現実性,属性間の共線性の減少,RPを基準にしたSPの水準設定を考える.この評価には統計的有効性を直接評価する他,D-error(推定パラメータの分散共分散行列の行列式)による評価がある.RPとSPの融合モデルとして誤差項の仮定の仕方で一般形のほかSP-off-RPモデル,無相関モデル,ダブルバウンドモデルなどが説明された.

講義4 張先生(広島大学)

個人間の相互作用を取り入れた生活行動モデル

実際の人間の行動は個人間相互作用が大きいが,これまで出てきたモデルは個人ベースのモデルが多く,個人間相互モデル・集団意思決定モデルは少ない.一方で交通分野以外のマーケティング研究などでは集団行動に関する研究は古くから存在する.個人間相互作用モデルには,個人選択確率集計型(個人の意思決定同士での多数決),Altruismを取り入れた集団意思決定モデル(他者のことを考慮に入れて意思決定),多項線形型・等弾力性型集団意思決定モデル(世帯構成員のそれぞれの効用を合算して家族の効用とする)などがある.具体的な事例として,個人間相互作用を取り入れた世帯時間配分モデル,構成員の相対的影響力の内生化を取り入れた世帯モデルが紹介された.

基調講演

交通行動モデル:回顧と展望

宮城俊彦 先生(東北大学)

我が国の交通研究の発展経緯は現在にに至るまで,第一世代から第四世代に分類 することができよう.第一世代では交通工学が創設され,交通流理論や4段階交 通需要法,交通量配分手法が確立された.続く第二世代では,パーソントリップ 法が誕生し,第一世代の研究の拡張と精微化が行われた.第三世代に入ると,非 集計行動モデルが用いられるようになり,活動をベースとしたアプローチが確立 された.第四世代ではGISベースの交通モデルパッケージが誕生した.では続く 第五世代では何を行うのか.

次世代交通計画モデルでは,交通システムを相互に関連しあう個別のサブシステ ムから構成される集合体と捉え,個々のサブシステムは他のサブシステムと対立 する要素を含む目的関数を最適化しようと試みるものと定義する.この上で,強 化学習モデルや混雑ゲーム,リグレット均衡を用いることで,個体の挙動理論や 相互作用の理論,ホメオスタシスの解明を試みていく必要があるだろう. 講演ではこれらMAモデルやリグレット均衡,ゲーム理論の応用について紹介され, 今後の展望を示された.

コンピュータ演習課題 事務局

Rを使った行動モデルのパラメータ推定演習.データは横浜みなとみらい地区プローブパーソン調査データのうちの交通機関選択データ.

演習課題発表(霞賞:該当なし Davis賞:I班)

Aチーム 山梨大 (発表資料)

Bチーム 愛媛大1 (発表資料)

Cチーム 愛媛大2 (発表資料)

Dチーム 名古屋大1 (発表資料)

Eチーム 名古屋大2 (発表資料)

Fチーム 広島大 (発表資料)

Gチーム 東工大 (発表資料)

Hチーム 東大1 (発表資料)

Iチーム 東大2 (発表資料)

Jチーム 理科大 (発表資料)

Kチーム 混成班 (発表資料)

Lチーム 日大 (発表資料)

講評総括

事前課題があったという事で,例年に比べて基礎分析がよくされており,自転車の利用や,時刻選択などの特殊な行動に着目しているなど,各班で視点が定まっていた点がよかったと思います. ただ,分析データからすごく面白いことが見つかったという発見が少なかったことや,5肢選択のMNLを適用した班が多くモデル構造まで踏み込んでいこうと試みた班が少なかったのは残念です.全体的にソツがなく,分析から政策シミュレーションまでの結果をちゃんと出そうということにとらわれていた印象を受けました. 二日間講義と演習で行動モデルに触れ,他大の研究者と交流することで良い刺激になったのではないかと思います.