トップ >>> まとめ

2010年09月05日,06日にかけ,東京大学内で行動モデル夏の学校が行われました.名古屋大学,東京工業大学,東京理科大学,広島大学,山梨大学,愛媛大学,東京大学から総勢約50名の学生が集まり,2日間の日程で講義を受け,行動モデルを用いた課題に取り組みました.

こちらでは当日の内容についてご報告しています.

第九回行動モデル夏の学校に向けて(東京大学 羽藤英二)

21世紀にはいってからしばらく時間が過ぎ,アジアの行動モデル夏の学校をスタートさせてもう9年目ですが,最初始めた頃に比べて,土木と都市をめぐる環境はその間に大きく変化しました.技術的な変化では,人の行動分析を行っていくうえで,プローブパーソンやプローブカーの技術は単なる研究にとどまらず,スマートグリッドやETC,電気自動車といった一般的なサービスとしての技術開発が進むとともに,リアルタイムポリシーとそのシステム的な制御を可能にしつつあります.

また社会的な変化では,近年の悪化する渋滞という文脈から将来の少子高齢化社会が確度をましながら日本の都市と国土にその抜本的な対応を迫りつつあります.効率的な都市経営に資する需要予測や,観光をはじめとする人と人のつながりやその物語の再生のための様々な都市政策,システム的な問題によって衰退する中心市街地を再生するためのChoice Architectやモビリティデザインといった個人の行動メカニズムを踏まえた精度の高い都市戦略ニーズが高まりを見せているといえるでしょう.

こうした背景を鑑み,今年の基調講義では運輸政策研究機構の森地茂先生に基調講義をお願いさせていただきました.過去の夏の学校では京都大学の北村先生,MITのBen-Akiva先生に基調講義をお願いしてきましたが,森地先生は行動モデル研究を出発点に日本の国土交通政策に科学的な方法論を根付かせてきたわが国を代表する研究者です.森地先生からわが国における交通需要予測の歴史を紐解いていただくことで,若い学生の皆さんにとって有望とも思える行動モデル・行動分析の今後の研究の方向性の見通しがよくなることを期待しています.

行動モデル夏の学校では,行動モデルの本当の基礎を学びます.効用最大化理論はどこからやってきたものでどう定式化するのか,尤度関数を使ってパラメータを推定するときの乱数にはどんな意味があるのか,一見トリビアルに見えるようなこうした計算的な手続きが,精度の高い行動データと結びついたとき,都市の空間戦略を考える上で着実な手がかりを得ることがはずです.

今回の夏の学校では,横浜のMM21地区を中心とするエリアにおける回遊行動データを演習に用意しました.数理的に一貫した方法をもって,都市空間でくりひろげられている多様な行動文脈を読み解き,皆さんなりのよりよい理解に辿り着いてください.暑い夏の季節,この二日間の知的な奮闘に期待しています.

日程

9月5日(日)@東京大学本郷キャンパス工学部1号館15番/14番教室

10:30-11:00 受付
11:00-12:00 ガイダンス 羽藤英二(東大)
12:00-13:00 ランチョン(研究室紹介)
13:00-15:00 講義
講義1 行動モデルの基礎理論と推定手法 倉内慎也(愛媛大)/佐々木邦明(山梨大)
講義2 行動モデルの観測手法と応用事例 山本俊行(名大)/福田大輔(東京工業大)羽藤英二(東大)
15:00-15:30 課題説明
15:30-19:30 演習(グループワークで行います)
パラメータ推定演習(Rを使用します)
GEV(MNL, NL)推定のテクニック

9月6日(月)@東京大学本郷キャンパス工学部1号館15番/14番教室

9:00-12:30 グループごとに分析,推定,演習,およびエスキス
12:30-13:30 昼食
13:30-15:00 基調講義 私と交通需要予測 森地茂(運輸政策研究機構)
15:30-17:30 演習発表(都心回遊行動データを使ったモデル推定結果)
17:30-19:00 講評と表彰(大交流会,森地先生も参加されます)

ガイダンス

羽藤先生

ネットワークモデルの一部としての行動モデル研究と,センサーネットワークなどのデータ革命における行動モデル研究の,時間的変移・現状レビューを行った.社会の変容の中でのパターナリズムでもリバタリアンでもない善き選択とは何かを考え,計画を考えていく上で求められる,人々の選択行動に対するよりよい理解について講義した.さらに,都市計画・景観計画や交通計画を一体的に捉え,都市や地域の中で人々の善き選択のための条件をどのように整えていくべきかについて講義した.

講義

講義1 倉内先生(愛媛大学)

ランダム効用最大化に基づく離散選択モデルの導出とフレームワーク

行動モデルとは,ある現象に対し,特定の要因に着目し,それを説明変数として行動予測をするためのものである.実際の観測データから,行動仮説をたて,行動モデル(条件付確率)を構築し,将来条件が変化したとき(周辺確率の変化)の行動予測をする.これが行動モデルを構築する大きな意義である. ロジットモデルは,確定項{説明変数とある母集団での嗜好(パラメータ)}と誤差項で成り立ち,その精度は,この説明変数の選定以外にも,選択肢集合の設定に大きく左右される.また,ロジットモデルを構築するためには,意思決定ルール,効用の時間的変化,社会的相互作用の有無などの仮定をたてていることを忘れてはならない.それゆえ,IIA特性などの問題点もあり,これを解決するため,実際にはNLやMXLなどのモデルが出てきている.

講義2 佐々木先生(山梨大学)

パラメータ推定の実践的テクニック

ランダム効用モデルにおける推定アルゴリズムについてを主眼に置いた講義.最尤推定法で,用いるアルゴリズムとしては,最急降下法やNewton-Raphson法などの方法があるが,初期値依存性やヘッセ行列が推定できないという問題が起こりえる.次に,数値積分による手法では,乱数をうまく発生させることができれば精度の高い推定が可能になる(回数・時間に依存).最後にMCMCによるベイズ推定では,パラメータの分布を推定することで,初期値に依存せずに推定することができる.また,モデル推定について,アプリオリな知識を元に作成し,その結果から仮説の修正も行うとともに,非観測構造を考えることで誤差構造を仮定すると良いと締めくくられた.

講義3 山本先生(名古屋大学)

選択肢のサンプリングを伴う推定について

場所選択や経路選択のように選択肢が多いとき,選択肢集合の設定の仕方が重要になる.まず選択肢集合形成モデルManski(1997)や非補償型選択Dawes&Corrigan(1974)などのモデル構造について講義が行われた.次に,経路選択分析の例として,選択肢のサンプリングを伴うロジットモデルの推定が紹介された.選択肢のサンプリング方法として,重みつきランダムウォーク(Frejinger et al.,2009)が提案されている.これは,選択肢するリンクに距離で重みづけを行い,重みづけのパラメータを調整することで最短経路を選択する傾向を調整している.講義では重みパラメータを経路のOD間距離によって構造化をする方法(yamamoto et al.,2010)とその結果が示された.

講義4 福田先生(東京工業大学)

選択モデルにおける“プロセス”と“文脈”

2010年5月12-16日に参加したTriennial Invitational Choice Symposiumの中ででてきた最新の話題についての講義.プロセスに関しては,チョイスの前にはその人の頭の中で描いている観測できないプランが影響を与えているという考え方のPlan-Actionモデルや,時間価値の個人間のばらつきを参照点などから説明できるのではないかということを考えたモデルなどの紹介があった.またコンテクストに関しては,タイトとルーズなソーシャルネットワークから影響を考慮したモデルについて紹介があった.また,SPなどのような主観的なデータを用いた手法に関する新しい考え方についても触れた.

基調講演

私と行動モデル

森地 茂 先生(運輸政策研究所)

1970年代に計画者の意思決定モデルをMcFaddenが最初に創ったのが行動モデルの始まりで,後に重要な人物となるBen-Akiva氏(前回の行動モデル夏の学校で基調講演いただいた)らもMITに移った.日本では大都市交通センサスでの問題が浮き彫りになり,森地先生他多くの先生がMITに留学し,日本でも非集計モデル研究が活性化した.その後,土木学会研究会の立ち上げ・全国旅客順流動調査の提唱などが行われた.

実務への適用を意図した研究には,東京圏の鉄道計画,航空需要モデル,交通事故分析などにも取り組み多くの貢献を果たした.しかし,行動モデル研究の意思決定構造の妥当性やデータの欠如,分布交通の予測精度などの問題は残されていて実務に適用しにくい面も存在する.

今後若い研究者には,社会的課題解決の手段としての改善を意識し,自らの発想を持つこと,アジアが責任領域となる意識をもつことを説明した.若さを生かした対応と,政府のデータ改善と活用に関心と努力を払いつつ,全国的に研究者と連携をとる必要性も指摘した.その上で,行動分析の対象とその体系化の目標を体系化するべきと考えている.最後に,国土・都市計画の国際的状況と行動分析の役割について,アジア経済圏や少子・高齢化社会などの時代背景を意識する必要があるとのことで基調講義を締めくくった.

コンピュータ演習課題 斉藤(東京大学)

Rを使った行動モデルのパラメータ推定演習.データは横浜みなとみらい地区プローブパーソン調査データのうちの交通機関選択データ.

演習課題発表

Aチーム 名古屋大 (発表資料)

Bチーム 東工大・東京理科大 (発表資料)

Cチーム 広島大 (発表資料)

Dチーム 山梨大1 (発表資料)

Eチーム 山梨大2 (発表資料)

Fチーム 愛媛大1 (発表資料)

Gチーム 愛媛大2 (発表資料)

Hチーム 東大1・社会人 (発表資料)

Iチーム 東大2 (発表資料)

Jチーム 東大3 (発表資料)

先生方の講評

名古屋大学 山本先生

愛媛大学 倉内先生

・より良いものをという点で批判的に言うと,多くの班がトリップに分解してしまっているのがもったいない.行きと帰りでは交通手段は多くの場合同じになるのでそういう点を考えたり,平日・休日の代替性を考えることもできるので,データの処理の仕方が難しかったと思うが,迫るべき点がわからなくなってしまっているのではないか.トリップに分解してしまった点で同一個人であるのかがわからなくなってしまっているので,もったいないと感じた.

・グループごとにセグメンテーションを分けている班もあったが,思い切ってこういうサンプルに着目して分析する,といった観点はありだと思う.そういう点で基礎集計をして,モデル化して検証するといった考え方でいい.すべての人の行動を説明しようと言うことにそこまでこだわる必要はなかったのではないか.そういうことをやっていた班はよかったように思う.

・僕が分析するなら個人モデルのパラメータを推定する,変わりやすい人たち・変わりにくい人たちなど.あとはSPのデータもあるのでそれを用いる.また選択肢集合に入るか入らないかといったモデルを行うなど.または会社帰りの活動をプランアクションモデルで書くなども考えられる.

山梨大学 佐々木先生

・全体を通しての感想ですが,今までの中で一番おもしろかった.なぜおもしろかったのかというと新しいデータであったこと,データの自由度が高かったので着眼点がうまく見つけられていたことがある.山本先生もおっしゃったように,こういう政策シミュレーションを行いたいということとモデルが関連性を持っているので,それを意識している班と意識していない班で分かれていたように思う.今回はトレーニングなので,卒論・修論でうまく生かしてもらえればと思う.

・今回のデータはいろんなことができたはずなのに,ゾーンや手段選択といったわかりやすい点にいってしまうことが残念だなぁと.ワークライフバランスの班はやはりおもしろくて印象に残った.僕だったら,今回のデータで分析するなら,横浜というよりは個人の動きを見るような分析を行ったと思う.

東京工業大学 福田先生

・今回は横浜が対象ということで,東京じゃない人は土地勘がない人たちには難しかったと思うのですが,各班うまく分析をされていたように思う.全体的に手段選択を行っていた班が多かったのですが,細かいセグメント分けをして推定を行ったり,ゾーン特性を入れている班は多かったのですが,中華街や山下公園のようなより細かい施設属性が入っていた方がよかったと思う.

・印象に残ったのはワークライフバランスの班.惜しかった班は広島大学でモデリ ングにこだわっているなぁと思った.

・mixed logitみたいに一人一人の個人モデルをつくれないかなぁと考えました.

東京大学 羽藤先生

・皆さんが言われたように,全体的にデータの見せ方をもう少し凝ってもよかったと思う.最後の班は見せ方がうまかったが,それでも集計量だったので,特徴的な個人の行動を見せるというアプローチもあり得たのではないか?そこが物足りなかった点.データ分析については結果に正直ばらつきがあった印象.仮説があって検証を繰り返している班もあれば,粘り強くない班もあったように思う.知的スタミナという言葉もあるが,そういうものを発揮してきちんと見ようとしていなかった班もあったのではないか.

・僕は東横跡地に動く歩道を入れて歩行速度が上がればネットワーク上の回遊行動 がどのように変化するのかを分析を行うと思う.