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東日本大震災 復興視察(防災地理部2025)
8/1(金)
| 11:15-13:00 | 宮城県名取市 | 閖上地区の見学 |
|---|---|---|
| 14:00-15:00 | 宮城県石巻市 | 石巻市震災遺構 大川小学校 |
| 15:30-17:00 | 宮城県石巻市 | ウィーアーワン北上 佐藤様レクチャー |
| 宮城県石巻市 | 宿泊・振り返りミーティング |
| 9:20-11:20 | 宮城県気仙沼市 | 気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館(気仙沼向洋高等学校旧校舎) |
|---|---|---|
| 岩手県陸前高田市 | JR気仙沼線BRT乗車 | |
| 12:30-13:30 | 岩手県陸前高田市 | 陸前高田市 東日本大震災津波伝承館 |
| 15:00-16:30 | 岩手県田老町 | 田老地区の見学 |
| 17:30-17:50 | 岩手県釜石市 | 鵜住居復興スタジアム |
| 岩手県釜石市 | 宿泊 |
| 8:30-9:00 | 岩手県釜石市 | 唐丹町本郷地区の見学 |
|---|---|---|
| 9:00-10:00 | 岩手県釜石市 | 唐丹町花露辺地区の見学 |
閖上地区の見学
閖上地区の被災と復興
訪れた震災復興伝承館では、語り部の方のお話やVR映像を通じて、当時の状況をリアリティをもって追体験することができました。 避難時の渋滞や、避難所から家に戻る人の存在など、一概に避難といっても、その内実は複雑で難しいことを実感させられます。
そんな閖上地区では、まちの現地再建が進められています。 嵩上げや堤防といった川から遠ざかるハード整備が行われるなかでも、名取川との豊かな関係性を保ちながら、交流空間の再生が行われました。
石巻市震災遺構 大川小学校
備えなき意思決定の難しさ
旧大川小学校では、避難の意思決定の遅滞により、当時校庭にいた生徒78名中74名・教員11名中10名が犠牲となる痛ましい結果となりました。 避難のスタートラインに立つために、まずは家族や一緒にいる人と方針を決めておくことが大事だと、語り部の方のお話を聞いて強く感じさせられました。 また、語りの中では震災後の状況についても触れられ、被災した児童の精神的なサポートの重要性にも気付かされました。
ウィーアーワン北上 佐藤様のご講演
復興計画に携わった当事者の苦悩を聞く
石巻市北上町の復興に携わられてきた、一般社団法人 ウィーアーワン北上の佐藤尚美様にお話を伺いました。 話し合いでの移転先の決定、アンケートによる若者の意見の抽出、そして集落跡地の環境再生を目指す「平地の杜」プロジェクトなど、豊かなまちを次世代に残すための様々な取り組みについて伺いました。
後の世代の生活を想像して意思決定することの難しさや、説得ではなく共感がないと人は動かないという「共感の壁」といった、佐藤様の経験から語られる具体的な学びの数々は、復興に必要な対話の積み重ねの大変さを再認識させられるものでした。
振り返りミーティング
大川小学校見学を経たディスカッション
大川小学校の見学をふまえ、今後の災害時の避難のあり方についてディスカッションを行いました。 現地に足を運んだからこそ得られた印象の違いや気づきを共有しながら、正しい知識を持つこと、事前に方針を決めておくことの大切さについて、改めて確認しました。
また、大川小を最初に襲った津波は川を遡上したものであったことをふまえ、各地域の地理的特性を考慮した話し合いの重要性についても議論が深まりました。 私たちが学んだ知識が、将来多くの人の命に関わるかもしれないという重みを感じるとともに、それぞれの地域で避難のあり方を考え、周囲と共有していくきっかけとなる見学でした。
気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館(気仙沼向洋高等学校旧校舎)
震災遺構から復興計画と防災を学ぶ
語り部の方にご案内いただきました。 震災遺構である気仙沼向洋⾼校旧校舎は、最上階4階の足元20cmほどまで浸水しました。 学校に残っていた人々が校内でどう避難したのか、学校外へ避難していった高校生らがどのように避難を繰り返したかについて、お話を伺いました。
また伝承館のある階上地区は市内でも特に防災意識が高かったものの、避難場所の「杉ノ下高台」が津波で浸水してしまい、多くの方が亡くなっています。 ハザードマップや既往災害にとらわれず、より高いところへ避難を繰り返すことの重要性を学びました。
JR気仙沼線BRT乗車
復興を支えたインフラ
震災後の鉄道復旧では巨額の費用がかかるため、BRTでの復旧が選択された場所。 実際に陸前階上〜南気仙沼間を乗車し、バス専用レーンの仕組みや利点を学びました。
東日本大震災津波伝承館
祈りの軸線を、堤防を、歩く
犠牲者率が3県沿岸市町村で最も高いなど甚大な被害を受けた陸前高田市。 津波伝承館を訪問し津波災害と教訓を学ぶ、高田松原津波復興祈念公園で到達した津波の高さを実感する、気仙川水門を視察し今の水害対策を学ぶなど、各々自由に学びを深めました。
田老地区の見学
巨大防潮堤のいま
「万里の長城」とも呼ばれる10mの巨大防潮堤が昭和三陸の後にできた地区。 「田老の学ぶ防災ガイド」の方にご案内いただきました。 「防潮堤で時間を稼いでいる間に山へ避難する」というのが津波時の対応の原則となっていたものの、防潮堤があるからと逃げなかった方、逃げた後にもう一度家へ戻ってしまった方も多かったようで、堤防が高いことの弊害を強調されていました。 また、毎年3/3(昭和三陸地震の発生日)に避難訓練をしていたおかげで犠牲者の数を抑えられたのではないか、といった教訓も学びました。
鵜住居復興スタジアム
防災機能を有するスポーツの舞台
プロラグビーの競合チームの本拠地である釜石市。 鵜住居復興スタジアムは、2019年のラグビーワールドカップでも利用された球技専用スタジアムです。 「釜石のできごと(奇跡)」として有名な鵜住居小学校・釜石東中学校の跡地に建設されました。
スタジアム見学後には鵜住居小学校・釜石東中学校の生徒が避難した道を辿り、事前学習した「釜石のできごと」を実感を持って理解することができました。
唐丹町本郷地区の見学
3つ並んだ石碑を前に
昭和三陸津波後に高台集団移転が実施された地区。 斜面地にある集団移転先の集落を見学し、生活上の課題について議論しました。 また、明治三陸津波、昭和三陸津波、東日本大震災と3つの津波を伝える石碑もあり、石碑の記述から過去の災害の教訓を学びました。
唐丹町花露辺地区の見学
海を見渡せるまち
堤防を作らない選択をした集落として知られています。 漁港から少し坂を登ったところに盛り土して道路を通し、この道路より上に家屋を整備するような復興計画が立てられました。 それぞれ自由に集落をめぐり復興住宅などを視察し、その構造と復興計画を学びました。 一部生徒は住民の方にヒアリングさせていただき、復興の裏事情を伺うことができたようです。