2014年の研究座談会

東京3000万人のアクティビティを計算する

伊藤創太(M2)

▲ 行動モデル夏の学校の博士課程セッションでKostasと議論しました.
羽藤:修論タイトルは?
伊藤:タイトルは「異なる尺度を持つデータの統融合手法を援用した移動-活動
シミュレーションの開発」です.M1の頃からパーソントリップデータと移動体
の位置データをいろいろいじっていて,それを組み合わせると,今まで都市政策
の中で扱うことが出来なかったゾーン内の行動データに基づいた政策評価が改善
できるんじゃないかというのがありました.もう一つは行動モデルのシミュレー
ションで,ゾーン内とゾーン間でつなぎあわせたマルチスケールシミュレーショ
ンを開発したというのが修士研究でやったことです.

羽藤:何が難しかったですかね.
伊藤:計算にかける時間がすごくて,解決すべき問題も多くて,ひとつづつつぶ
していくのが兎に角大変でした.データ構造から始まって,最後はスパコンで並
列計算に取り組んだんですが,並列化のためのプログラミング技術も必要だし,
マルチスケールだからいろんなデータ構造も工夫しなきゃいけない。で、そいう
のは勉強するための教科書もない。解きたい問題に対して自分でコードをいちい
ちゼロから組んでいかないといけないわけです.苦労しないとできないけど,そ
れ自体は論文の表には出てこないことじゃないですか.

羽藤:ケプラー証明って知ってますかね.計算機を使った証明でブレークスルー
するんだよね。証明としては邪道という人もいるんだけど,計算の前段階で仕方
を関数化して高度に工夫することでちゃんと解けることが素晴らしいんだよね。
もちろん工夫するところは問題によって違うし,現実と違ってても理論っぽけれ
ばいいみたいな人にはどうでもいいことかもしんないけど.
伊藤:研究室の中では先生がいて,分かってくれる人はいるからいいんだけど,
計算や研究そのものに関心が在ってちゃんと分かってくれる人がコミュニティに
いることが重要かもしれません.


▲ 東京2020オリンピック時の3000万人の移動-活動シミュレーション結果です.


羽藤:実装面白いよな。
伊藤:シミュレーションのコードとして、行動モデルに拡張可能性を持たせたこ
とで、どんなモジュールも組み込み可能で,表現できる自由度がある。そしてそ
れが現実的な計算時間で計算できるっていうのがやっぱり面白いと思います。
.
羽藤:経路列挙は、FX10使ってもなかなか厳しかった?
伊藤:はい。最後は計算負荷に苦しめられて、アクティビティモデルや経路重複
問題の部分の実装が心残りになってしまいました。

羽藤:紆余曲折があったようで、卒論からやってることは一貫してネットワーク
上の行動表現だよね。マルコフから基礎をかためていったわけだけど。
伊藤:最初佐佐木先生のマルコフ連鎖の文献を読み込んで、神戸三宮で鯉川筋の
街路空間の再配分で、歩行者行動がどうなるかを考えました。配分の基礎を勉強
して、マルコフから最適停止問題に拡張させて,都心の回遊範囲を記述した。で
修士になって,一旦そこから離れて,ゾーンの中の動きに戻って構造推定の問題
に取り組んで、それをマルコフ配分の動学的意思決定に落とし込んで深めていっ
た.

羽藤、マルコフ配分はオレも好きだな(笑。
伊藤、4年生のときは全くわかっていなかった。そのことがわかったんですよ。
研究室では研究メーリスがあるじゃないですか。学生は毎週研究週報を送って、
先生がコメントつけるんですが、僕はうまくいってるときも、いかないときも送
るようにしてたんですよ.送ることで研究進捗をピン止めして、まとまりをつけ
ていくところがあって、それはよかったと思います。でも,最近読みかえしてみ
たんですが,マルコフ連鎖と離散選択モデルの関係が,B4の時に先生のメイルを
読み見返すと書かれてるんだけど,実は当時はわからなかったんですよね。

羽藤、完璧主義な人は相談出来なくなって、自分が分かることしかやらなくなっ
ちゃうんだよね。でもそれじゃもったいない.声をかけてあげることも必要だけ
ど,伊藤くんはそこは頑張ってたね。
伊藤、M1でいろいろ配分の勉強をして,一周まわってやっと理解できるように
なってつながった.後でメイルを読みかえすと意味がわかるみたいなことが結構
あった.当時、手法のマッピングが出来ていなかったんだと思います。そもそも,
わかっていないことがわかっていないので,,


▲ゼミ旅行(城崎温泉です).

羽藤:どこらへんで変化があったの?
伊藤:研究室のみんなで一緒に勉強するようになったのがよかったのかもしれま
せん.印象に残ってるのは構造推定のゼミをみんなでやったじゃないですか。先
生の紹介で大阪大学の経済研究セミナーに参加したんですが,そこでやってた推
定方法をネタにして,自分の問題に当てはめてベルマン方程式をつかってじっく
り考えた.時間を区切って,逐次的な意思決定で,移動と滞在の選択を先を考え
て行うという定式化だったんですが,当時のゼミでは、みんなで黒板に式を書い
て,結局誰も出来ないんですけど,ああいうことをやって,わかんねーなとか言
いながら周りと議論して、わからないことがわかるように,できるようになって
いった気がします。確率過程のゼミでも,マルコフ連鎖を僕は担当したんですが,
そのときに,B4のときにやったことに立ち返ってもう一度眺めると,そこで連
続時間マルコフ連鎖が適用できるんじゃないかということで,移動と滞在の時間
を考慮したモデルに拡張することに成功した.浦田さんとか,みんなと共有でき
て考えられたのは大きかった気がします.

羽藤:テーマはどうやってきまったんでしたっけ.
伊藤:最初に、研究室で主催してる行動モデル夏の学校が面白かったんです.宮
城先生の基調講演のとき、みんなで推定やって,それがおもしろかった.プログ
ラミングが好きだったから、それで行動モデルとシミュレーションをやってやろ
うみたいな気持ちになって,それがきっかけですね。

羽藤:学会発表はどうだった.
伊藤:学会発表は自分の欠けてる部分を指摘されることがよかったと思います.
最初の京都の発表でMXLで個人間の異質性を表現したんですが,広島大の藤原先
生にそれで何ができるのかとか,塚井先生からは,シミュレーションをマルチス
ケールがなぜ必要か,そいう禅問答的で本質的な質問に対応することで,問題に
ついて深く考えるきっかけを得たように思います.発表してストーリーを何度も
つくることで自分の研究の精度をあげていけたのも大きい.国際学会は台湾に行
かせて頂いたんですが,海外の研究者とコーヒーブレイクなんかのときに対話で
きて,それはすごくよかったです.シンガポールの研究者に融合推定に関心をもっ
てもらって,プローブのデータの取り方で苦労した点,データの取り方,マップ
マッチングで世界の中で同じ問題を考えている人がいるんだなあというのがすご
く印象に残ってます.普段は感じることが出来ないことを感じました.


▲学会発表で国内から海外まであちこちの都市に行きました.

羽藤:KostasやBhatのグループの離散連続や計算規模,MosheやMichealのグルー
プの理論的な詰め方とはちょっと違うアプローチが今回の研究にあったと思うん
だけど,工夫したのは?
伊藤:僕の修士研究は,人の移動-活動データをどう扱って,アウトプットをど
うつくるかに集約される気がします。プローブデータであったり,パーソンの欠
損のバイアスをどう観測方程式とシステム方程式で処理していくアルゴリズムの
提案とその実装だったから,シミュレーション部分では兎に角3000万人規模
でマルチモードで現実的な計算時間で計算できるようにすることだけを考えてい
ました.そのためにいろんなアルゴリズムを実装で工夫した.いままの研究と決
定的に違うのは,属性を持っている個人の行動予測ができることです.

羽藤、大きなデータは可視化は出来ても、それだけじゃ見えてこないから。
伊藤、誰に政策をうてば,どういう効果があるかがわかる.高齢者が将来増える
と鉄道利用はどうなるのか、近くからくる,遠くからくる,それぞれごとにどう
いう料金施策をうてば、何が変わるのか。顔の見えない単純なビッグデータ研究
や集計的な均衡配分、どっちを使っても絶対出来ないことをできるようにしたこ
とが自分の研究の重要なところだと思っています.

羽藤:成長した?
伊藤:4年のときは本当に何もわかってなかった.だから,M1の時は兎に角基
礎を勉強した.知識の持ち駒を増やしていくことで,分野の見通しがよくなって
くる.理論をものにして、計算技術が身に着くことで,核が出来てくる.M2に
なると基礎があるから,アイデアがすぐ実装できる。最後にいきなり新しいこと
は出来ないんですよね。あそこで、M1のときどれだけ積んだかが生きた気がし
ました.


▲ 成長しました.

羽藤:形の上では修士論文だけど、シミュレーションの実装って、設計に近いよ
ね。敷地というか、現場があったのも大きかったと思うんだけど。
伊藤:都市は現場がある。M1の時は周南の調査から設計させてもらって,一緒
に調査をやって,歩行者のモデルをつくって政策や計画をつくるところまでやっ
た.現場があって,データがあって,中心市街地整備課の上野さんが地域性考え
て,まちなかをよくしようとして,そこに建築家の仕事がむすびついて,そうい
う面白さが都市の面白さじゃないですか.現場でチームが動いて,みんな考えて
いる.その一部が自分が手を動かして考えている調査だったり解析だったりシミュ
レーションだったりでつながっている.現地調査で実際の空間を歩いて,それが
モデルの中では変数になって,計算して個人が動くことを想像する,そういうプ
ロセスがあった.その結果が梅岡さんたちとのプランニングに返されていく.そ
いう経験が出来たのは本当によかったです.都市の問題が現場で動いているのが
実感できたのは面白かった.

羽藤:デザインはどうだった?突き詰めれば,重なる部分もあると思うけれど.
伊藤:研究室の中ではモデルとプランニングとデザインをやっている人がいろいろ
いて,それが刺激になっておもしろいところだと思います.都市の中では,勿論
デザインでしか表わせない部分もあるんだけど,その逆に計算でしか表わせない
部分もあると思うんです。人の流動はWSや表現を幾ら積み重ねても行き詰ること
もある.モデルではそこに根拠を与えることができる.計画の補助線を与えるこ
とが出来る。そしてデザインとつながっていく.現場で何が問題でボトルネック
になっているかを正しく理解して,デザインとモデルとプランニングが連鎖して
動いて,初めてできることがある.モデルの存在意義はそういう場所で発揮され
るように感じました.

羽藤:残された課題は?
伊藤:やり残した部分はいろいろあって,シミュレーションの部分は,最後のと
ころが弱くて,東京2020ということで取り組んだんですが,個人間の相互作用や
オリンピックレーンの問題を扱えるようにしていきたいです.選択肢や経路の記
述に立ち返って,膨大な選択肢問題をやっぱり挑戦していかないといけない.

羽藤:最後に何かあれば.
伊藤:研究の進め方にもいろいろあると思っていて,とりあえずやって,戻って
くる,繰り返しやることで深めるという方法が自分にはあっている.そいう方法
が出来たことはよかった.研究の方法はいろいろあると思うので,信じてやって
いくことが大切だと思います.