2013年の研究座談会

駅をつくる,流動のデザイン

永杉博正


▲ 駅と広場と街路のことを考えました.

羽藤: 修士研究ご苦労さまでした。テーマってどやって決まったんだっけ?

永杉:はじめは駅前広場の研究をしたくて羽藤先生に相談したんですが,それは
JRで僕自身が駅前広場を担当していたからなんですよね。で,研究室に入ったも
のだから,何か新しいことを学んで領域を得て仕事に活かせることがあるんじゃ
ないかと考えていました.で,最初に相談すると,先生からは、駅前広場単独で
考えても難しいというアドバイスがあって,そこでグラフで街全体を捉えたらど
うですかというアドバイスをもらって、までも、実はその時点でグラフって何?
って感じで具体的なイメージがなかったんですよね(笑)。

羽藤:最初は専門用語がわかんないから,気をつけてるつもりなんだけど(笑.

永杉:研究室での打ち合わせが終わって家に帰って、グラフが離散数学と関連し
ててみたいなことを自分で調べて、先生の言ったことが何週間かたってやっとわ
かってくる。兎に角打ち合わせをやって調べるみたいなことを何度も繰り返して、
最後は自分自身で閉路特性というグラフ理論に落とし込んで,回遊性を規範的に
考えようとなった。現実の行動はもっと記述的に考えるべきかもしれませんし、
実証でやれればと思ったんだけど、今回の修士研究では閉路特性をテーマに考え
たのが一番大きな特徴だと思っています.

羽藤: 仕事で実際に駅や駅前広場,駅ナカもやってて、理論的なアプローチで回
遊性に取り組んだということになると思うんだけど、実務と研究の違いってなん
ですか.

永杉: 仕事を進めていく上で、駅整備は実際マニュワルでやっていくんですよね。
建築基準法や交通量算定の方法を使っている。そういう既存手法そのものに対し
て、修士研究をやってみて,今のロジックそのものを自らかと疑って突き詰めて
く大切さを感じた.だって実際には回遊っていう概念はマニュワルにはないから
(笑)。海外で最適な商業設計や広場設計で理論を使われているといったいろん
な事例を先生から聞いたことで、だったらネットワーク理論を駅を中心とする街
のデザインに適用できないかと考えた。講義で理論の取っ掛かりになることを知
って、(自分の専門の駅という分野で)実務をやっていて次の理論展開の必要性
を感じたんです。今まで鉄道で経験的に積み上げられてきた理論は勿論在ります.
でも,それを理解しつつ,今後の理論が単に鉄道だけ,建築だけに閉じるのでは
なくて,横断的な空間計画や設計の展開が生まれると,理論だからこそ出来る可
能性を感じました。

羽藤:研究室を選んだきっかけって何だっけ?

永杉: 最初は先生がよく言う「遅い交通」という言葉に関心をもって研究室を選
びました。人の流動から空間計画や設計にアプローチしていく方法に興味をもち
ました。ネットワークをデザインすべきだということを先生はおっしゃっていて、
仕事柄そこに可能性を感じた。行動モデルの推定までは手をつけれなかったんだ
けど(笑)。研究室の中では神戸市さんなんかと一緒に取り組まれているので、
ああいうデザインや研究の話を聴くと、水平展開できる可能性を感じます。民間
ディベロッパーや鉄道事業者なども、そいう手法を現実の空間計画に適用してい
くべきだと思います.

でも現実には、これは僕自身が現場で感じていることですが、やっぱり、経営や
マネジメントの現場では専門的なスキルが足りていない。なので,理論と実務の
橋渡しをする専門家が必要です.そいう人間に僕はなるべきかなと思いますが、
そう考えるとわかりやすさがまず重要になってくる.そのことによって理論はぐ
っと拡がりをもつような気がします。

羽藤:アイシュタインが,「理論はできうる限り単純に,ただし単純化しすぎな
いこと」って言ってたね(笑.

永杉:企業サイドからみれば,理論を咀嚼して,実践に結び付ける努力が必要で
しょう。僕が研究をしてて感じたのは、公共,民間双方にとって有益な手法、理
論があるんだな,と研究室の中に入ってみて驚きました.

羽藤: 講義はどだった?
永杉:講義は先生がグランパリの事例で,セーヌ川のプランを紹介して下さった
じゃないですか。縦割りを超えた都市デザインにインパクトを受けました。実は
まち大の演習で,舟運を活用した団地案を提案を出したんですよ(笑)。今いる
部署は沿線戦略グループリーダーということで沿線を生かしたまちづくりに取り
組んでいるんですが,でもそれって実はまち大でアイデアを得たんです。そこか
らヒントを得て、遅い交通を駅とセットにしてという提案して,今の部署も実は
そのイメージでできたものです.今,沿線戦略をたてているところです。面白い
ですよ.

羽藤:最近は,建築や都市っていうもの,あるいはコミュニティそのものが孔が
あいたように溶け出していて,みんな形のないものをデザインすることに関心が
向かっているような気もするんだけど.敢えて,旧くて新しい都市軸とコアに拘
るのって面白いよな(笑).

永杉:まち大に行くまでは企業人という中にどっぷり浸かっていて,どっかで行
き詰っていた.修論に取り組んで視野が俯瞰的になったように感じています。俯
瞰した中で自分の領域が見えるようになった.そうすると駅の描き方が違ってく
る。業務の中で地元との調整協議をやることがあります.全体が見えていないと,
どうしても2項対立の中で折衝が必要になってくるわけですが、全体を俯瞰して
都市を捉えて進めていくとうまく進むのではないかと感じています。理論や問題
を解決するスキルがあると,視点が変わってくる。研究室で研究に取り組んでそ
れを強く感じました。

羽藤:駅をやってると,僕自身も直面することではあるけど,いろんな案を出し
てみんなで議論してなんて理想的な条件が整うことって殆どないわけですよ.そ
の場,その場でChoice Architectureの骨格をデザインしないとけない.そいう
とき,やっぱりちゃんとしたスキルに裏打ちされた最終的な空間像に対するより
深い理解がないと,ただ投票しましょうでは.みんなで善き選択をしていく必要
がある.

永杉:講義を聴くと広い問題意識が身につくように思います。でも、やっぱりそ
こにスキルがないと解決できない.だからこそ,そのスキルは研究室で理論をつ
きつめていくことが重要だと感じています。


羽藤:鉄道駅周辺のネットワーク構造がどのような構成されてきたかという歴史
変遷を閉路という回遊行動から捉え直して,街の歴史をネットワークの生成過程
から時系列に捉えていったわけだけど,街の位相が切り替わる契機となった街路
整備や、普遍的な空間価値を明らかにしていけたのは,研究者目線で見ても,面
白い成果だったと思う.そこから駅ごとの分析して定量化を試みることで街の中
の駅やネットワークの接続効果について考察を深めていったことで,永杉さんの
仕事への直接的な展開が期待できる内容になったと思うんだけど.

永杉:ジュリーでも言われましたが,実証の部分が,規範的な方法論に終始して
しまってるので弱かったかもしれません。でも現実には、スマートフォンを使っ
たプローブパーソンのような技術で実証していく方法があるのは知っているので,
それを組みわせてやっていくことで現実の空間計画や設計に展開できそうな気が
しています.

それと,本当時間をつくって研究にもっと通いたかった.でも仕事は波があるか
ら終わらない日もあったりで,土曜もこれればよかったのですが、なかなか難し
かった.なので,仕事を定時で終わった日は極力顔を出すようにしていました。
演習は刺激になった。研究だと、難しそうな理論でも、の中に入っていくと、グ
ラフ理論でみえてくるものがあって、閉路特性でまた別のものが見えてくる感じ.



▲グラフで様々な駅をサンプリングして解析,設計思想について考察を試みました.

羽藤:研究って面白いよな.

永杉:ゼミで打ち合わせをして,次の研究領域に進むときに,必ず別の視座が手
に入る.自分が考えたり作業したことを話すと、先生から兎に角いろいろ話して
もらって、それはすぐにはわからないんですよね。でもそれを1,2週間考える
とわかってくる。あ、こいうことかとか。その気付きが面白いんですよね。例え
ば先生からグラフの位相関係と言われたことがあって、最初はぴんとこなかった。
でも空間的な影響という意味で図面に落として比較して見てると、確かにあーと
いう感じで、視座で,歴史的に考えるというのはこいうことかと、一気に視野が
拡がる瞬間だった.

羽藤:言葉とか足りなくてもいいんだよね.図面に落とすとか,計算するとか.
手を動かして考えたことがあれば,それってこっちにも伝わるから.そうすると
面白い議論ができる.

永杉:研究でも,仕事でも、本来そいう着想でやれると面白いとは思えんですよ
ね。でも、そのためには新しい理論も吸収しないといけない.既存の考え方に凝
り固まって無理に体系化したつもりになるんじゃなくて、他の分野も含めて,た
だの自分の思い付きで終わってもいけない。それは先生から教えてもらって.発
想で終わらないで,理論として構築しようとして,それが実際にモノになって,
検証されて本物になる,研究や仕事になっていく.視座の広げ方というときに,
自分が持っている既存の体系に拘泥しないというかと考えないといけない.

羽藤:までも,実務の制約条件とか,政策変数とか,デザインの領域性みたいな
ものに対する感度がそっちにはあるから,理論の側への貢献もできる部分がある
と思うけど.

永杉:実務やっていると,プレイヤーごとに政策変数.改変できるデザインでき
るものが違うじゃないですか。僕らは駅しかできない,それはやっぱり限られて
いるんですよね。でも行政サイドから見れば、駅の中の動線はデザインできない。
政策変数がいろんなプレーヤーにばらまかれている.同じベクトルで解決できる
のか?ということを僕らは突きつけられている。でもそこで単にワークショップ
をやっても何も出てこない.やっぱり技術が必要ではないかと感じています.

たとえば,羽藤研だと,研究室で月に何百通ってメイルが飛び交いながらMLを通
じて研究に関する議論が行われてるじゃないですか。ML読んでて気付くのは,
街は人間の行動でつながっているんじゃないかってことでした。別々の空間を、
そこをつなげているのは実は行動でつながっているということです。政策変数を
空間を街を一気通貫できる.そこを感じたんです。そこに自分がやってることの
可能性を感じています。

羽藤:企業の立場を離れて,広場の意味みたいなことも考えてもらいたかったん
だけど.オレも広場好きだから.

永杉:ネットワーク解析で,コモンスペースは評価できなかったのが心残りとい
うか,行動モデルを組み込めば,1トリップが数十mごとに長い休憩か,短い休
憩が必要だとか,そいうパラメータリゼーションができると,配置論が議論でき
るのではないかと感じています.そいう計画根拠がプローブでモデル分析すれば
出てくる.僕の修士研究では閉路に着目したわけですが,トリップ長,滞留スケ
ジューリングもできるのではないかと思った.福山さんはバルセロナからスター
トして渋谷や松山ではプローブパーソンデータと組み合わせて研究されていたの
で.そこまでいければよかったなと.

羽藤:実務者教育で,こちらとしては水飲み場みたいな部分,いろんな専門家が
都市というものに集まってきて刺激し合って,有機的な関係性を構築していく部
分と,個別研究テーマで深堀する部分が必要だと思ってるんだけど,演習と研究
のバランスはどうでしたか?

永杉:体系を学ぶよりも,プランニングの中でヒントを学んでいくのではないで
しょうか.課題設定が最も重要で,都市というものの中では課題がいろいろある
んだけど,そこを敢えて深堀していく,総花ではダメなんですよ.そこで一つ領
域がみつけられるとすれば,それは成果.深堀りできれば実務へのヒントが生ま
れるのではないかと思います.

羽藤:ヘレンケラーのアンラーニングって言葉,学び直しってことがあるんだけ
ど,そいう感覚かもしれませんね.織物をいったん解きほぐして,新しい糸を加
えて編み込んでいくようなイメージ.そうすると同じ糸でもぜんぜん違う織物が
出来あがるというか.

永杉:僕が学生の頃って,実務を経験する前だったから,兎に角まんべんなく知
識を学ばないといけないという感覚だったんですよ.深さって気付かなかった.
でもカリキュラムの中に深さを用意しておくことが重要な気がします.実務の
体系ってきれいなものはないんですよね.暗黙知を理論的にいかに再構築できる
かが重要なので,寧ろノウハウみたいなものは不要だと思います.

羽藤:何が印象的だった?
永杉:講義は全部わりと衝撃的.特に環境分野は(笑.その分野の最先端を知ら
なかったから,そこは衝撃的でした.環境の先生がまち大で話してくれるのはす
ごくいいと感じています.


▲研究ゼミは,だいだい畳の上でやりました.

羽藤:今後は?
永杉:まず学会発表をしたいと思っています.みんなと地方にいって発表して飲
み会とかも楽しそうじゃないですか(笑.当面は実務に戻りますが,まち大で得
たことを,ベースにしながら駅を中心に仕事の領域を広げていきたいと考えてい
ます.今までは青森や都内の駅開発をやってきたわけですが,沿線戦略をたちあ
げていますので,その仕事と研究がつながるといいなと思っています.特に沿線
で都市軸を捉え直すということを考えています.コンパクトシティもその流れだ
けど,生活を考えるとやっぱり移動軸で捉えるべきですし,その中で鉄道事業者
が果たす役割も考えないといけない.都市の性格をとらえて,新しい空間提案が
できるといいなと思っています.あと,論文は体力が必要ですね(笑).
それから今は,遅い交通も考えています.東京メガループもあるんだけど,神田
川,日本橋川をお茶の水などの駅を結節にして舟運で結んでいくことを考えてい
ます.隅田川ルネッサンス,鉄道とを組み合わせていきたい.

羽藤:東京2050から東京2060と研究室でもいろんな都市ビジョンを考えてるんだ
けど,鎌倉から平成まで,交通ネットワークの外挿によって,この街は変わって
きてるわけだよね.街道と関所,運河と舟運,鉄道と土地開発,路面電車や自動
車,首都高速と東名.それぞれの時代の動線の痕跡があって,大きな木の下の橋
詰広場や駅広と離れた商店街,神社の境内に門前町,いろんな流動の結び目を再
編集して,遅い交通の移動風景が再生できれば面白いよね.最後に何か.

永杉:引き続きお願いします.本当にありがとうございました.