Master Course Interviews in 2019
都市の動的機構を研究する
▲研究室の先輩研究者の大山さん(EPFL)と研究談義
小林 里瑳羽藤:修士論文がやっと終わりました。都市工から社会基盤に来て2年ですが、何を やりたくて研究室に来ましたか? 小林: 都市関係の展示とか表現とか,あとは研究がやりたくって,という感じです. 都市工卒の多くの人が辿る道に自分の姿がどうしても浮かび上がってこない,という 違和感をB4の時からずっと抱えていました.プロジェクトに時間を使う学生がほとん どで,研究をやって論文を書くのは教わるものでもなくて自分一人でやるもんでしょ, という空気がなんとなくですがあったんですよね.実践じゃないなという至極単純な 発想を経て,先輩たちのように「専門性がない」と悩むくらいなら,せめて自分は研 究と論文執筆が一定の水準でできるよう頑張りたいな……と思うようになり,都市工 M1の秋に羽藤先生に相談した記憶があります.具体的なテーマもないし,数理が得意 なわけじゃないし,研究がどんなものかわからないけど…ただ,これまで西村研に居 て見聞きしてきた,例えば,カトマンズの被災した集落で取った建て替えや引っ越し の意向調査や民家単体の空間変容とか,神田で商いをやっている人の柔軟な空間の使 い方とか,そういう個人の振る舞いの面白さが,非集計アプローチにつながって都市 というものを表現できれば面白いのではないか,と頭の片隅で思っていました. 羽藤:最初は,研究室の設計バタバタと広場のランドスケープの設計を手伝ってもら ったんだっけ. 小林:道後温泉の椿の湯と飛鳥乃湯泉の間にある広場の「椿の森」ですね.先輩方の 設計,現場の方の提案があってこそなので,私はショートケーキの上に乗ってるイチ ゴの向きを整えた程度です.森内のレベル差と植生を整理しました. 羽藤:職人さんの源水や樹種の枝ぶりへの拘りやが強くて面白い現場仕事になりまし た.研究もですが,最初は,都市表現や設計に関心がありそうでしたが. 小林 :「都市の実践」というと街歩きをやったり地域の調査研究とか入り込んで何 かやったりといったまちづくりプロジェクトが主流な中で,当時のM1先輩にこうい うの(2050+)があるよと教えてもらって,ギャラリーでの「都市展示」は自分がやり たかったことに近かったので,ぜひ手伝わせて欲しいと頼み込んで搬入までお手伝い させてもらいました. 2050#は東京ミッドタウン・デザインハブ主催で建築家の浅子さんが展示のディレク ターを務めた「東京デザインテン」の一部だったんですよね.展示は交通と再開発と いうお題があったんですが……ツアーは割と自由にやれたのがよかったです.2週間 程度の準備期間でしたが、展示のステートメントがあったおかげでツアーのストーリ ーや完成イメージがすぐ浮かんだので,迷うことなく準備ができました.都市の表現 として,一つの雛形になったと思います. ▲東京地形模型. 羽藤:都市は分野としてはcomprehensiveだから,運動論も大切だけれど,研究とし ての知的面白さが長続きしないと,地道な基礎が積みあがらなくて大事なところで 役に立たないみたいなところもある.一方で,今はサイエンスが都市の問題を全部 回収するみたいな流れもあって,面白い時代だとは思います.テーマはどやって決 まったんだっけ. 小林:修士が始まった時,ちょうど飛鳥乃湯泉が開業してこれから長期にわたる本館 の大規模改修が始まるという状況でした.大きなインフラが道後を変えてきた史的事 実があって,温泉地/観光地の都市空間の新陳代謝現象がミクロに起きているのが面 白いので,これを小林なりの方法論で考察して理解を得ていこう,という話からスタ ートしています.だからテーマの大枠は変わらなくて,アプローチに紆余曲折があっ たのだと認識してます. 羽藤:史料の考証と叙述から構成されるのが歴史研究で,都市史の伊藤毅さんや西村 幸夫さんのアプローチと比較して、小林さんの場合は,計量的な方法論の導入によっ て都市の動的機構を理解しようしているところに特徴があると思います.自分ではど う思っていますか。 小林:浅い理解かもしれませんが,少なくとも私は,無い物については語らないとい う誠実さが歴史研究にはあると思います.また,使う史料と,叙述の方法や切り口に よって異なる様相を見せる面白さだったり,ディテールの迫力だったりもある.で, 今目の前にある土地台帳という史料は数理的方法論の導入が自然に出来るタイプのデ ータだから,この方法論を確立できれば,また違う都市史が叙述出来るのではないか と思いました. 羽藤:無名の地主たちの物語に焦点をあてていますよね.研究の流れを教えてください. 小林:議論の中で供給総量制約と配分モデルとか,離散選択モデルで記述するという 数理的な手法の投げかけも既にあったんですが,その基礎を積むより先に,土地台帳 というデータ作成の根拠も記録方法も明瞭で全国的に手に入る史料を得られたんです よね.土地台帳って土地所有に関わる一種の個人の行動履歴データだから,交通行動 分析と同じ枠組みで分析できるかもしれないと思って,その基礎集計をああでもない こうでもないってグジグジやって1本目の都市計画学会論文ができたんです.それを 発表し終わった辺りで,土地台帳を下敷きにした地主の行動パターンを統計的理論の 枠組みで構築していく方向性が見えてきて,これまでやってきた具体的な地主の土地 所有遍歴を,土地所有のパターンを選択するという問題としてモデルを構築しました. ある人は土地を減らすある人は増やすというように土地所有遍歴のパターンが違うの で,地主の層をあらかじめ分けておく必要が生じた.でも,歴史研究なので地主の個 人属性を今の時点から追加で知ることができないので,潜在クラスモデルとすること で推定可能にしようという流れです.結局1時点ずつの推定で修論としてはタイムアッ プでした.これに加えて,近代化における土地ベースの空間変容を一次史料を叙述し ていく事でその具体の行動を見ていく,という事をやっています. 羽藤:何が一番難しかった? 小林:台帳のデータ化と分析です.ここのデータの作り方が後の分析に響くんですが, 如何せん前例が無いので,手戻りが無いよう一つ一つ慎重に変数化の方法を検討する 必要がありました.結局3回くらいデータを作り直しましたね.あとはどの変数を使っ てどの分析をやれば,仮説が検証できるのか,逆に予想もしなかった結果が出たとき どう考察できるのかが難しかったです.TrainのEMアルゴリズムの理解も私にとっては 難関でしたが,EMアルゴリズム自体は日本語の解説がかなりあったので苦しくはなか ったです. 羽藤、研究は,個人のnarrativeから出発するけど,研究として成立するまでには, しんどいこともあるから. 小林:メンタルが一番大変でした(笑)色々ありましたが,突き詰めると劣等感です ね.得意なことをやり続けるのも不安なので逃げ場がなくて辛かったし,辛いなーが 続くとあらゆる事への感覚が鈍麻してきて受け身になってくるんですけど,その状態 がまた新たな辛いを呼んでくるので…… 羽藤:楽しいこともあるよね. 小林:あっ,と思った瞬間が2回くらいあって,1回目は集積構造は維持されてるんだ けどそこに参画してる地主がどんどん入れ替わっている,ということがグラフからわ かった時で,2回目はCNLで土地所有パターンを書ける,と腑に落ちた時でした.すご く印象に残ってます.この種の嬉しさって何年も残るな,と思いました.反対に,今 後,その浮かび上がるような瞬間が定期的に訪れないと研究者として厳しい予感もし ています. 羽藤:都市の場合,論文だけじゃなくて,そこから表現に戻ってくるところもある. 小林:都市展示は,ともすればinfo graphicとかData visualizationとかに意識が傾 く恐れがあって,2050#の展示はそことか啓蒙を十分に超えられなかったようなきら いがあります.主観的ストーリーはあるんだけど来場者が能動的にストーリーを受け 取る,って構成を作る方法は2050#のツアーから糸口が見えてきたので,わからない ものに対して不親切だなんだって怒る人も増えている昨今の状況下だと,非常にチャ レンジングだと思うんですが,また挑戦してみたいです.研究は,まだまだ自信も経 験もないので.振り返ると議論で撒かれた種が沢山あるんですが,まだ手付かずのも のの方が多いのでここから丁寧に拾っていく予定です. ▲東京動線2050 #ライナーノーツ. 羽藤:欧州調査はどうでしたか.DC1で博士進学ということになりましたが. 小林:急に行った,という前提ありきの体験が印象に残ってます.出来るだけ都市展 示を観に行くようにしたんです.私はツーリストとしてそれぞれの都市を訪れた訳で すが,グローバリゼーションが進み越境が自由になっている一方で,ゲーテッドな場 やゾーニングされたエリアが空間的に存在していました.その中で,自らが住まう都 市を科学的に表現することと,そういう都市展示が多くの人がアクセスできるところ に存在する必要性を感じたし,そこに都市展示の持つ一つの可能性があると思いまし た.都市をidentify する意義っていうんでしょうか. あとは,高度に電子化された管理社会都市のシンガポールや公共交通システムが比較 的充実しているオランダの首都アムステルダムは,バスもトラムもリアルタイムでそ の位置がGoogle mapで見れたのに対して,人口規模が10万のRouen, 20万のLeHarveは Google にBRT / LRTの運行情報はおろか路線情報が一切なかったのが凄く印象に残っ ています.パリの中心部は電動スクーターに席巻されていて,ここは国や自治体の法 律によって違うので一概に言えない点ですが,実際,1マイル程度ならメトロよりも 自転車やスクーターの方が早かったんですよね.ルールや都市のネットワークといっ た限定的な要素も絡んだ微妙な均衡の上に成り立っている,ということを具体的に経 験出来ました.日本にいると絶対にわからないことを持って帰れたので安心してます… 実は自分に対して「こいつ博士課程行くんだろうなー」とB4が終わった辺りから他人 事のように思ってました.何かとしんどかった時,就職した方が落ち着いて暮らせる んじゃないか,とか,自分がもっと優秀だったら,とか悩んだりしましたが,このま ま放っておくのは嫌だなあ,やりたい,と言えるようになったところで自分の話とし て進学を決めることができました.引き続きやっていきます. 羽藤:研究は面白いから.何か一言、あれば. 小林:恥ずかしくなってきたのでこれ以上特に言うこともなくて......修士の間何か と気にかけてくれた方へ,本当にありがとうございます. 引き続き面白くあれるよう頑張ります. 羽藤:おつかれさま。ありがとう。