2018年の研究座談会
行動モデルの未来
原祐輔×羽藤英二
▲芦屋若宮の復興住宅前にて.
原:Babarがいなくてどうなるかと思いましたが,新幹線になんとか乗りましたw.
羽藤:よかったですw.時間があるんで交通行動モデルの研究の話でもしようかと
思うんだけど,交通研究で,1950年代にGMの研究所でやっていたような追従モデ
ルは,物理や化学のノーベル賞受賞した研究者たちがやっていた.行動モデルは,
1970年代後半にMcFaddenとBen-AkivaがGEV系,DaganzoとShefiがプロビットを確
率的配分理論に拡張して,90年代にChandraが離散連続,最近はFosgrauのRLまで
きています.今後の展開はどう見ていますか.
原:行動モデルは揃ってきていて,計算能力もあがってきている.力技も可能.
過去からの問題は,選択肢集合の問題は,2000年代くらいから見なかったふりを
しているし,Stated Preferenceもそうだけど,一旦やったけど,当時の計算機
や実験環境でやれるところまでやって,終わったということではなくて,これか
ら何をやれるかじゃないですか.
羽藤:RLと計算機を使った乱択やMCMCを組み合わせれば,今後伸びると思うけど,
実際の認識や行動が扱えているわけではない.SPに絞ってみても,反事実的な
サンプリングデザインの研究など地道なところは解決できていないよね.行動均
衡や認識経路やジャンプの問題もありますが.
原:RLモデルは数学的にはきれいだけど,選択肢集合問題の回避策という印象は
拭えない.行動モデルとしての記述が優れているわけではなく,RLやサンプリ
ングは回避策ではないか.
羽藤:現実の公共交通網計画や事業化で,首都圏スケールの計算をしなきゃいけ
ないということは,計算手続きがいるってことだよね.そこは,時代時代の一番
計算的に性質のいい方法を使わなくちゃいけない.計算っていうのは,変数との
トレードオフだけれど,理論の一般化や現象論として考えたとき,現時点では本
質的な研究と云えないと思います.ただ工学的な意味はある.
原:理解にはつながらないということですか.確かに,配分原理と行動原理は違
う.前者は進化している.後者は難しいのではないか.
羽藤:そう単純でもない.逐次的な意思決定は,人間行動の本質でしょう.そこ
に基本をおいて,prism制約をあてる,with whomのような問題を行動論的に組み
合わせていくような発展方法もある.SwaitやManskiの理論だったり,情報限界
量についてもSimonの限定合理性やTvrsky and Kahnemanのような認知の非対称性
のような研究もやられているし,ノーベル賞ももらっている.ただ,こうした研
究は現時点では反例を示しているに過ぎない.観測と結びつくことが重要で,例
えば確率ロボティクスのように,観測と意思決定を融合した個人の最適観測行動
理論に発展性があると思う.既に人間の意思決定は外部化している事実の前では.
原:行動理論というとき,配分と行動原理は違うという話をしたけど,メカニズ
ムデザインのような分野では,両者が一体となった数理的な切り方が必要とされ
ていますよね.重要ではないでしょうか.
羽藤:均衡配分の前提は予め個人の時間価値がわからないということ.もしわか
ると,効率的な資源割り当て問題として交通配分が再定義できることになる.
DagazoがSheffiをMITで指導したとき,単なる集計量で扱う配分理論になって進
化してしまった.今,行動記述に階層や混雑効果以外のインタラクションを組み
込むことで,まったく異なる理論とサービスが出てくる可能性はあると思う.
原:Vickreyはロードプライシングからオークションにいくけど.オークション
ではVCGが動かない.通勤の問題は補助金の与え方で,正直表明が壊れるような
問題設定が考えられるのではないか.
羽藤:面白いと思う.正直表明についていえば,道路のコンセッションや鉄道事
業の上下分離の際の料率決定問題では,たとえば既存制度の利便増進法だと,事
業者側に必ずしも正直表明のメカニズムが働きにくいといった問題がある.加え
て,鉄道のようにネットワーク上の行動が地理的分散している問題では,便益帰
着主体となる各地の利用者と公的機関と事業者の入れ子になった複合的な需要関
数を現実的に解くことが必要になる.上田さんが云っていた入札異常検知はデー
タ同化とメカニズムデザインを一緒に扱おうとしていた問題.国際入札や,日本
の都市設計でも必要な研究だと思う.
原:去年の夏の滞在したアデレード大の先生はオタクで,数理モデル大好きなん
ですが,彼は,メカニズムデザインの中でもお金を使わない制度設計に関心があ
る.お金のやりとりがないといえば,コミュニティの中,家族の中,早いもの勝
ちをしてしまうと利益が偏ってしまう.小さなメカニズムデザインのように見え
ますが,コンピュータサイエンスだと,もともとスパコンのキューの割当問題が
メカニズムデザイン的な考え方の出自の一つであるので,必ずしもゲーム理論か
ら輸入したわけではなくて同時多発的に生まれてきたものだと思う.そう考えれ
ば,都市の中のコミュニティにおける乗り合いや利用権の配分問題も同様に,こ
の分野固有の問題意識から生まれて,かつ一般化できる問題だと思う.
羽藤:日常の生活って,東京の郊外なんかだと世帯内の助け合いで日々の暮らし
が支えられていたりしますよね.住む場所によって,世帯内の家事負担や送り迎
えが成り立たなかったり,円滑に行えたり.BuiltEnviromentによって,正直表
明のインセンティブが働かない問題は重要.土地の規範の理解にもつながる研究
じゃないですか.
原:その後ハーバードのPakesのところでお世話になったんですが,彼は,オン
ラインメカニズムデザインの人でなんでもやる.大家だからw,従前のVCGはス
タティックで非集計的.彼は,ダイナミックで,easy to understandな設計が必
要.嘘つき戦略をもっとわかりやすくすべきだという立ち位置.理論ベースでやっ
ている.数学が得意な人という印象です.
羽藤:Davidが統計,Michealは数学みたいに,数理系の人両方混じってるから.
数理的な基礎が交通の現象論を考える上では重要だと思います.一方で,工学的
な考えの面白さもある,Yafengは交通研出身だけどw.梁山泊みたいなゆるい研
究組織があるといいんだけどな.
原:この冬にYafengのMichiganに滞在して研究していましたが,彼は発想が工学.
細かいパラメータ設定を気にしている.toy modelができたから,インプリ勝負
みたいな発表を学生がすると,エクササイズだろと言って,ぶったぎった.アル
ゴリズムはできたのはわかるけど,計算結果はいかようにでも得られる.みたい
なことをゼミで批判的に言っている.数理が好きだけど,計算結果に責任を持と
うとしている.
羽藤:敗戦21箇条に「米国の理論は常に実用化されている」というのがあるの知っ
てますかね.日本では理論研究が実践の中で軽んじられて,空気や極論だけで議
論してしまう風土が若い人から年寄りまであって,都市計画や交通計画に限らず,
現実でも虚構でもゴジラでも,知的スタミナに欠ける.米国のORは原爆実験か
ら生まれて,RANDでナッシュをはじめ多くの理論家が政策研究にも関わって
きた.日本だと全体主義的というか,老いも若きも同属主義が強いから,,国や
組織によらずとも,現実の現象論を探求し,理論化して,それを実装するという
自立した態度が,個人としてしっかりしていることが大切なんだと思う.
原:大山がいるEPFLは雰囲気がいい.Nicolasのポスドクがめちゃめちゃ優秀.
的確で,いちゃもんじゃなくて,クリティカルな質問をする.ディスカッション
をする.マウントじゃなくて,面白くて楽しい.ポスドクで物理だったかな,か
らきている.人が集まってくるのがポイント.知的好奇心が高く,論文を書くた
めの論文を書いていない.いい雰囲気で.昼飯に2時間かけている.そこでのディ
スカッションが意味がある.僕もアデレードでは毎日昼飯に2時間くらい使ってたw
羽藤:Leedsは夏になるとクリケットをみんなでやるし,ケンブリッジだとリス
釣り,息抜きの仕方にお国柄がでる.当時はDialが職場に遊びにきて新しいアイ
デアを話したり,TomerやSchlomoが本郷にときどき顔を出して,箸袋に式書くと
かw.みんな研究の話するの好きだよね.マクロモデルやネットワークモデルは
どう考えていますか.
原:社会ネットワークの解析と,情報ネットワークの解析,スケールフリー性に
おいてハブや集積の集まる話,交通は分散力表現するモデルで性質は違う.双方
の作用をどのように考えるか.混雑フリーが情報の世界だけど,情報過多になる
とフローディペンデントじゃないですか.ネットワーク理論は,面白いと思う.
羽藤:避難問題やシェアでは,ネットワーク上で協調のような現象と混雑が同時
に起こってますよね.正のネットワーク効果と負の効果が同時にネットワーク上
であるみたいなのは現象論的特徴.思い込みで不可能な規範や技術的解決を単純
に迫って押し付けている問題の典型だけど,訴訟の動向を見ていると,現実的に
耐戦略性を考えた避難システムや地域圏をちゃんと設計しないといけない.自動
運転で都市構造は変わるかというテーマはどですか.
原:YaFengも関心を持っていて,大澤くんたちの研究なんかを参考にして,理論
的に取り組もうとしている.自動運転の研究は,居住と就業の選好に切り込めて
いない.なぜ就業で丸の内が選ばれるのかが,わからない.ブランド効果しかな
いのではないか.丸の内では,フェイストゥフェイスがコストが安い.という.
それが,歴史的な地位のようなものだとすると,,どういう理論になるのか.池
袋はなぜださいということになっているのか.
羽藤:池袋はダサくないよ,豊かだよね.いろんな人がいて.池袋と丸の内の流
動パターンはぜんぜん違う.集積の経済,外部性の問題というが,100年くら
いのオーダーで地位(じぐらい)がどのように推移しているかは都市形成史や社
会的領域の問題だけれど.品川や池袋なんかが,自動運転で土地や交通空間近傍
の価値やしつらえはおそらく激変するでしょうね.
原:自動運転で,,都市の形は変わるという話は,結局,変わるのはアクセシビ
リティだけであって,第二の渋谷が生まれて,どっちが池袋的になるのかは,自
動運転だけでは説明できないですよね.
羽藤:江戸からの沽券や武家所有地が,明治になって占有・利用の大更新があっ
てなお,地霊のように建築の様相は換われど初期値依存しているところはある.
地形の中で用水や交通のネットワークが漸次的に外挿され,領域や圏域は大きく
様相を変え,衰微発展してきた.過去の領域や空間を読んで,同時にどう再価値
化するかは壮大だけど,面白い研究テーマだと思う.
原:少し違うかもしれませんが,今留学生のKahnさんや柴崎さんと一緒にはじめ
たロイズのデータはすごいですよね.世界の物流地図が,100年オーダーでみ
れる.配置の変化,インフラの変化ではなく,流動そのものの変化を扱う,残っ
ていないものを扱う.推論もそこにはあるんだけど.流れの超長期の変化を記述
すると面白いです.
羽藤:兵庫北関の1000年ほど前の物資流動記録をいじると,90km置きにあった
(はずの)都市がわかって,凄まじい記録の力を感じる.近世の地主の取引デー
タや公文書記録もそう.記録することの力量は米国や欧州が優れているけれど.
帝国データバンクや公図など,都市記録の蓄積は日本にもあって,研究者はまだ
切り込めていない.データトレードして,ありもんのアルゴリズムで可視化した
ところで,,と感じるから,もっと本質的な理論がいるんだろうと思う.
原:一方で,配分理論は,計算機の性能がでてきた結果として,今プロビット配
分だったり,ODパターンの生成だったりを,無限回に近い形でサンプリングす
るとか,新しい方法はでてきている.Dialだったり,ダイクストラだったり,基
本的なアイデアは変わらないけれど.
羽藤:自動運転で時間価値の並び替えの取引が可能になるとすれば,ZDDみた
いなデータの配列格納法や兎に角早くするための探索方法,行動モデルや物流で
もデータサンプリングの段階まで遡れば,データの持ち方みたいを分散台帳のブ
ロックチェインで解析する研究も今後は有望でしょう.都市の構造がサプライチェ
インと一体となって,都市空間や需要の配列順序どう設計できるかという話になっ
てくる.
原:フローを記述する理論については,スケールをくりこむMFDのような理論
がいいという話になっている.でも結局,粒と粒が多体で動くとすれば,やっぱ
り粒を研究するのが素直じゃないか.
羽藤:駅とか街路とか広場とかの計画をやっていると,設計につながらなきゃい
けないという問題意識が強かったんだけど,自動運転制御でも,空間設計のため
に粒の配分理論を組み合わせようとすると,MFDでは集計問題や観測の多重性
の問題に対して間接的アプローチになってしまうという印象です.
原:配分理論がでてきた時代の困っていたこと,当時最先端でできたこと.混雑
の表現だった.そこから,リニアに進んできた.立ち返ったとき,計算性能が変
わってきた.浦田が挑戦しているようなスパコンを使ったOD推定は,昔はでき
なかった.発想を変えるべきではないか.もともと何をやりかったかに立ち返る
と,やれることはある.機械学習は,ORだと思っていて,道具ですよね.研究
者が回帰分析をしっておかなきゃいけない程度の問題.でも,逆説的に言えば,
そういう程度にはどの研究者も知っておくべきだとも思う.
羽藤:Shafiqueと決定木問題で論文をたくさん書いたw.好きな人にはいい研究か
もしれないw.確率量子化や変分法で初めて考えられることがある.非集計で変
化や関係を記述するのを超えて考える必要があるのではないか.この際,順序と
組み合わせのパターンを個人と集団で考えるような理論化や設計・計画理論に可
能性があるのではないか.でも確率的な相互作用が記述できるモデルがでてきて
も,その先に何があるのかという話になる.混雑モデルや経路選択モデルの記述
は,そういった問題の捉え方をすることでさらにがらっと変わるはず.FIFOの仮
定が強くて,時間=順序という従前の問題の取り扱い方は今まで弱かったから,
制約式をひとつづつ緩和していくような方法で理論を一般化しくようなことに可
能性をむしろ感じる.
原:機械学習はやっているけど,僕は,機械学習の研究者ではないので,それ以
上でもそれ以下でもないという立場.とはいえ,機械学習のモデルは面白いと思
う.機械学習のおもしろさは,統計モデルなんで,行動モデルの人は面白いはず.
使いこなせるし,潜在クラスのように,早いタイミングで面白いことをやってき
た.個人的には,行動モデルは識別モデル型,機械学習は,識別型と生成型があ
る.生成型の代表は神谷がやっていたようなトピックモデル.データ分布のメカ
ニズムを記述するアプローチで,新たに解ける可能性があると感じている.
羽藤:MITでは何をやるの?
原:シンガポールでは,物流をテーマにやることになります.もともと都市工出
身というのもあり,人間行動に強い関心をもってきた.でも,都市や交通を俯瞰
的に捉えようとすると,人の流れだけではなくて,物の流れについても,より深
い理解が必要になっていると感じている.Amazon等のECは人の行動自体を変えて
いるはずで,物の流れや情報の流れが変わることで,人の流れも変わる.それら
の関係性について,統一的に考える機会になればよいと考えている.これまでと
は異なる新しいテーマにチャレンジしたい.
羽藤:研究は面白いですかね.
原:昔は自分の関心がある問題を解いてわかるというのが面白かった.やはりそ
ういう知的好奇心を満たせるというのが研究の根源的な面白さだと思う.加えて,
大人w になって分野や研究領域というものをより意識するようになった.海外の
CSの研究室を回ったことや,さきがけの経験はとても自分の考えを尖らせるのに
良い機会になっていて,いわゆる研究領域が異なっていても,研究の本質性や面
白さによって,深いレベルで会話が通じるし,刺激を与え合うことができる.そ
ういう楽しさは博士を取得した後にわかった研究の面白さ,良さだと思う.
羽藤:ちゃんとやってる人って,なかなかいないから.手を動かすのはめんどく
さいし,その場楽しそなことはたくさんあるしw.でも時間を忘れて没頭してい
る人はいる.出会えたとき,自分の手を動かして,やっと得られた理解や見方が
ぱーっと伝わって,研究で今まで壁だと思っていた向こうの眺めが見える瞬間が
ある.ああいうのは幸せだよね.
原:どこでもこだわりなくやっていこうとするのが自分の良さだと思うので,そ
ういうつもりでがんばってきます.単に研究プロジェクトを遂行するだけでなく,
生涯研究の議論ができる仲間ができるように,オープンマインドでがんばってこ
ようと思います.ありがとうございました.