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概要

都市生活学・ネットワーク行動学研究室では2008年7/1(火),2(水)の2日間を利用して、ゲーム理論合宿2008と題し、鈴木光男著『新ゲーム理論』(勁草書房, 1994年)の輪読会を行いました。こちらでは当日の内容とその後のまとめについてご報告しています。


ゲーム理論合宿@神田  羽藤英二

ゲーム理論は,複数の主体の存在する状況下での意思決定について研究する専門分野です. 20世紀半ばに確立された数学の一分野ですが,経済学や心理学,生物学など様々な分野への適用もみられ, 多くの領域で注目されている専門分野といえるでしょう. でも,都市計画や土木計画分野といった私たちが所属する多くの研究者や学生さんにとってはあまり聞きなれない, あるいはちょっと聞いたことがあるけど,といった程度の専門分野かもしれません.


都市交通の分野におけるゲーム理論の適用は意外に新しく, Devarajan(1981)がBeckman(1967)の利用者最適問題を純粋戦略の非協力ゲームとして再定式化したのに始まり, 近年では,Yang(2007)らによる交通量配分をStackelberg ゲームとして再定義しMPECへとして解いている例や, Sandhorn(2001)による進化ゲーム論を援用したプライシング理論のポテンシャルゲームによる定式化などの研究が活発化しています. 一方,都市制度論に目を向ければ,盛山(1995)が社会学における制度論を囚人のジレンマ問題を例に (フォーク定理の考え方に基づいて)しっぺ返し戦略のような協調現象を繰り返し問題における規範的なもの(=制度) の創生とみなした上で大胆な制度論を展開したり,ガバナンス論においてもゲーム理論の援用が盛んです.


合理的な個人の行動を「ゲーム」として形式化する.そしてそのことによって, 都市ネットワークにおいてもともとは何かしらの関係性を有するはずの個々の行動単位を, より現実的にその人間の行動様式と総体としての振る舞いを理論的に究明することが可能になること, ゲーム理論の醍醐味はそこにあります.


羽藤研究室では,ネットワーク上の行動に関する研究アプローチとして, 動学的/多体的記述に強い関心を持っており, ゲーム理論は多体問題へのアプローチとして適していると考えています. 多体とは,互いに相互作用する三体以上からなる系を扱う問題のことですが, 合意形成の場面や交通環境ポイントのように複数のプレイヤーが限られた市場に固有の技術を持って臨んでいる場面で, どのようなプロセスを経て新たな市場が開拓され,合意形成を導けばいいのか, あるいは,Hoogendoorn(2002)が提案しているような歩行者モデルを, 錯綜する動線を整えていくような広場の空間設計にどう適用していくのかを考えていく上で多くのヒントが含まれていると思っています※1.


もちろん,ゲーム理論なんて最初はとっつき難いと考える学生さんも多いとは思います. んでも,囚人のジレンマや,ユダヤ律法(タルムード)での破産管財法における仁の概念のようなゲーム理論に固有の考え方は, 日常の様々なシーンにおける自分自身の行動原理を考える上でもとても興味深いものです. ハイエクというえらい研究者はかつて「主観主義」を唱えました. 主観から出発して理解できる学問を彼は愛していたのだと思います. ゲーム理論は身近なところから理解できる,実はとっつきやすい研究分野です. この合宿を通じて,ゲーム理論の基礎を楽しく学んでもらえたらと思います.



注釈※1

というか,どんな理論だって,ある程度行き着くところまでいけば,その先の問題というのは, 他の分野にも似たような問題は必ずあるものです.効用最大化理論だって, 重回帰モデルや均衡配分や交通シミュレーションだって,どんどん真に現象に迫っていけば, 他の分野の天文シミュレータや統計力学なんかとの接点は出てくるように思っています. 逆にいえば,その淵まで行きつかない限り, 様々な領域が互いにかかわりあってもさしたる成果はあがらないのではないでしょうか. まず,自分の領域で理解の淵まで行く. そしてそういう淵までいった他の研究アプローチをよく眺めるということが案外求められているような気がしています.


参考文献

当日の時間割

1日目(7月1日TUE)

08:30-09:00[非協力ゲーム]非協力ゲームの戦略形とナッシュ均衡
09:00-10:00[歴史]ゲーム理論の役割と歴史
10:00-11:00[非協力ゲーム]非協力ゲームの展開形
11:00-12:00[非協力ゲーム]完全均衡点
12:00-13:30お昼休憩
13:30-14:30[非協力ゲーム]繰り返しゲーム
14:30-15:30[非協力ゲーム]情報の価値
15:30-16:30[協力ゲーム]交渉問題
16:30-17:00おやつ休み
17:00-18:00[協力ゲーム]提携形ゲームと配分
18:00-19:00[協力ゲーム]シャープレイ値
19:00-20:00[協力ゲーム]コア

2日目(7月3日WED)

09:00-10:00[協力ゲーム]仁(nucleolus)
10:00-11:00[協力ゲーム]τ値
11:00-12:00[協力ゲーム]フォンノイマン/モルゲンシュテルン解
12:00-13:00お昼休憩
13:00-14:00[協力ゲーム]交渉集合
14:00-15:00[協力ゲーム]費用分担問題
15:00-16:00[協力ゲーム]破産問題

■非協力ゲーム

非協力ゲームとは「ゲームの前に拘束力のある合意が不可能なゲーム」のことである。 非協力ゲームには基本モデルとして「戦略形ゲーム」と「展開形ゲーム」があり、戦略の設定には0か1かで戦略を選ぶ「純戦略」(純粋戦略)と確率的に戦略を選ぶ「混合戦略」が存在する。 ゲームの解にはどちらのプレイヤーも一度その戦略の組がプレイされるならば、自分だけが戦略を変更する動機が存在しない「ナッシュ均衡」やナッシュ均衡を部分ゲームにおける均衡によって「不完全均衡」と区別し精緻化を行う「部分ゲーム完全均衡」、不完備情報ゲームにおけるナッシュ均衡である「ベイジアンナッシュ均衡」など様々な解が存在する。


非協力ゲームの戦略形とナッシュ均衡

非協力ゲームの代表的なモデルである戦略形ゲームの概念を整理する。戦略形ゲームはプレイヤーの戦略と利得を利得行列(Payoff Matrix)で表現する形式である。ゲーム理論の代表的な均衡の一つであるナッシュ均衡はプレイヤーの誰もが自分の戦略を変更する誘引が働かない戦略の組合せのことであり、各プレイヤーの最適反応戦略の組として定義される。ナッシュ均衡はゲームにおける解と解釈でき、非協力ゲームの解の基本的概念として重要なものである。

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非協力ゲームの展開形

非協力ゲームのもう1つの基本モデルに展開形ゲームが存在する。展開形ゲームとはゲームツリー、偶然手番の確率分布、プレイヤー分割、情報分割、利得関数の5つの要素で表現したゲームである。また、ゲームのルールをすべてのプレイヤーが知っている(共通認識をもっている)ゲームを情報完備ゲーム、共通認識を持っていないゲームを情報不完備ゲームという。これとは別の概念として、前の手番における自分の選択を覚えているゲームを完全記憶ゲーム、過去の他のプレイヤーの決定した行動を知った上で自分の行動を決定できるゲームを完全情報ゲームという.

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完全均衡点

部分ゲーム完全均衡点とは、ナッシュ均衡点であって、すべての部分ゲームに限定したときに得られる行動戦略の組が、その部分ゲームの均衡点になっている点のことである。つまり、ナッシュ均衡となる均衡点を部分ゲームにおいても均衡となる点へと精緻化しているといえる。一方で、ナッシュ均衡のうち部分ゲーム完全均衡点でないものを不完全均衡点という。部分ゲーム完全均衡点は逆戻り推論法(Backward Induction)によって決定することができる。不完全均衡としてわかりやすい例は「脅し」の戦略による均衡点である。

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繰り返しゲーム

チェーンストアパラドクスの解決のために、繰り返しゲームを考える。有限回繰り返しゲームの場合、逆戻り推論法が利用できるため、1回ゲームと同様の結果が生じる。一方で、無限繰り返しゲームでは逆戻り推論法が利用できないため、異なる結果が生じる。フォーク定理によって、一回限りの場合ではパレート最適な利得が得られないゲームでも無限回繰り返すことにより、パレート最適な利得を実現する戦略が存在することが証明されている。

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情報の価値

展開形ゲームでみたように、情報構造によって非協力ゲームは拡張することができる。情報には需要価値と戦略価値があり、需要価値は情報を受け取ることで利得が増加する者が情報を提供する者に対して支払ってもよいと考える最大の額である。一方、情報の戦略価値とは直接ゲームをプレイしない情報エージェントが各プレイヤーに情報を伝達する/伝達しないという戦略によって得られる情報の価値である。情報エージェントはその戦略によってゲームの情報構造を変化させることができ、部分ゲーム完全均衡点の組として誘導可能行列を導くことができる.

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■協力ゲーム

協力ゲームとは拘束力のある合意を前提に、プレイヤー間でどのような提携が形成されるか、どうやって利益が配分されるかという問題に焦点を当てたゲーム理論である。基本モデルは「提携形ゲーム」であり、プレイヤーは各提携からの得られる報酬を表す「特性関数」もとに、提携への参加/不参加を決定する。ゲームの配分解には「シャープレイ値」「コア」「仁」「τ値」「フォンノイマン/モルゲンシュテルン解」(安定集合)などが存在する。これらの配分解はいくつかの満たすべき公準によって差別化されている。


交渉問題

協力ゲームの基本的な問題として、交渉問題が存在する。これは各プレイヤーが納得できるような利得を保証するルールを考えることである。均等解や功利主義的解といった単純な解から始まり、個人合理性、パレート最適性、利得測定法からの独立性、対称性、無関連な代替案からの独立性という5つの公準を満たすナッシュ解が提案される。ここから公理論的交渉理論が出発することとなる。また、ナッシュ解が単調性の公準を満たしていないことを指摘し、カライ/スモロデンスキー解が提案された。協力ゲームにおいては解が満たすべき性質としての公準が非常に重要な概念となっている。

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提携形ゲームと配分

提携形ゲームは協力ゲームにおける基本モデルである。提携形ゲームとは拘束力のある合意を前提に、提携というプレイヤーの部分集合を中心に、特性関数によって状況を表現するゲームである。提携形ゲームはプレイヤーの集合、提携、特性関数、利得ベクトルで表現され、そのゲームの解としては満たすべき公準によって、シャープレイ値、コア、仁、安定集合などが考えられている。提携形ゲームの解である配分は全体合理性と個人合理性を満たすべきである。

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シャープレイ値

提携形ゲームの解の一つ(配分)であるシャープレイ値はプレイヤーiの参加可能な提携すべてについてのプレイヤーiの限界貢献度の加重平均の組である。このシャープレイ値の考えは、プレイヤーがあるゲームに参加しようとするとき、それぞれのプレイヤーにとって得られる期待値をどれだけ増加させるか、どれだけ貢献するかという発想から配分解を考えるものである。シャープレイ値はただ1つの利得ベクトルとして求められる上に、非常に多くの公準を満たす解となっている。

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コア

提携形ゲームの解を別の観点から考える。配分間に支配関係があるとすると、それらの配分は実現することが難しい。そこで、いかなる配分にも支配されない配分の集合をコアとして提携形ゲームの解と考える。コアはシャープレイ値と異なり、配分の集合として定義された解ただ一つの配分を指定する解ではない。コアが空集合でないゲームはプレイヤー全体が共同で行動した方が部分的な提携で行動するより、大きな利得が得られ、全体としての協力関係が安定的であることを意味する。一方、コアが空集合のゲームは全体提携の値に対して、部分提携の値が相対的に大きく、全体的な協力関係が不安定であることを意味する。

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仁(nucleolus)

コアが空のときの交渉において、最小コアが存在する。これはコアの条件を緩和したもののうち、緩和の度合いが一番小さいもので、最大不満の最小化といえる。最小コアをより縮小するためのアルゴリズムによって求められるものが辞書式中心であり、これは準仁に一致する。準仁とはいかなる準配分よりも受容的な準配分の集合であり、ゼロ単調ゲームにおいてはいかなる配分よりも受容的な配分の集合として仁を定義することができる。仁はゲームが合理的であれば、ただ一つの配分からなる集合である。仁の修正概念には相対仁や比例仁などがある。

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τ値

τ値もまた、提携形ゲームの解(配分)の一つとして定義されている。τ値は最大限度額・最小限度額、ギャップ関数、許容範囲という概念を定義することによって、準平衡ゲームでのみ成立する配分である。τ値は最大限度額からギャップ関数を各プレイヤーの許容範囲の比で分けたものを減じることで得られる。τ値はシャープレイ値と仁の中間的性質であり、提携合理的な利得を求める交渉では不安定であると考えられている。

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フォンノイマン/モルゲンシュテルン解

ゲームの解とは一体、どのようにして生まれたのか。すべての協力ゲームの解の始祖というべきフォンノイマン/モルゲンシュテルン解に立ち戻って考える。フォンノイマン/モルゲンシュテルン解(安定集合)は内部安定性と外部支配性をもった配分のことである。これには客観解と差別解が存在し、客観解は1つであるが、差別解は無数に存在する。数学的に理論を構築したフォンノイマンとモルゲンシュテルンでさえ、差別解の発見は偶然の産物であった。ここから、差別解という無限に存在する解を導く行動基準が重要であるという認識となり、様々な行動基準のもとで協力ゲームの解が定義されることとなったのである。

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交渉集合

全体提携を前提としない場合の利得配分を考える。ここでは提携に対する支配に似た概念として、異議・逆異議を定義し、どちらのプレイヤーにとっても異議が存在しない/対抗する逆異議が存在する配分をM安定な交渉集合とする。交渉集合のうち、同じ提携の中のプレイヤーの不満が均衡している個人合理的利得構成のことをカーネルとする。すると、これまで最小コアの極限として定義していた仁には安定集合やカーネルの極限であるという別の解釈がすることができ、仁はプレイヤー間の交渉に関して、強い安定性をもつ解であるということができる。

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費用分担問題

現実的な費用配分問題において、協力ゲームの解の概念は多くの知見を与える。総費用均等配分、総節約額均等配分法、残余均等配分法、残余比例配分法、シャープレイ値による方式といった費用配分方式は現実的に適用可能であり、その行動基準や文脈において、どの配分法が適切であるかに示唆を与えている。また、全体提携が確立されていない場合であっても、逐次分担法によって、規模を決定しつつ、各プレイヤーの費用配分を決定することができる。ここでは、非協力ゲームとして定式化することによって、全体の需要量を順番に決めていくことも可能となる。

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破産問題

紀元500年前後に編纂されたユダヤ教典タルムードの中にある破産問題における遺産配分法はゲーム理論の仁であることがオーマンらによって明らかにされた。同様の口承律法ミシュナの中で語られる「破れた衣服の原理」は残余均等配分法とまったく同じである。これらの例のように、ゲーム理論的考え方はゲーム理論が生まれる随分前から利用され続けているものだという事実は驚くべきことである。

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ゲーム理論の役割と歴史

ゲーム理論とは複数の意思決定主体の存在により生ずる社会状況の表現や分析のために新たな概念を提供し、社会や人間の行動について新しい発見をもたらそうとするものであり、ゲーム理論は比較制度論や比較文化論のための基礎を提供する理論であると考えられている。ゲーム理論の重要な役割は経済学、社会学、倫理学、生物学、工学等、さまざまの学問を、その基礎から書き直し、新しく蘇生させるところにある。

ゲーム理論の歴史を語る上では、フォン・ノイマンとモルゲンシュテルンによる『ゲームの理論と経済行動』を避けて通ることはできない。そこまでに至る歴史を簡単にふりかえる。

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参考文献リスト

今回の合宿では主に利用していないが、ゲーム理論のさらなる理解のための日本語の参考文献一覧。リンク先はamazonです。